Travis Japan宮近海斗プロフィールまとめ!トラジャ・セクバの歩みから“いわちかコンビ”のエピソードまで一挙ご紹介♪

Travis Japan(トラジャ)のムードメーカーとして、周囲を明るく照らしている宮近海斗くん。ムードメーカーというイメージが先行しがちではありますが、彼の魅力はと~っても奥が深いんです。今回は、Travis Japan(トラジャ)宮近海斗くんのプロフィールや経歴、性格や魅力について、様々なエピソードを交えながらご紹介していきます。

Travis Japan宮近海斗プロフィールまとめ!トラジャ・セクバの歩みから“いわちかコンビ”のエピソードまで一挙ご紹介♪

Travis Japan(トラジャ)宮近海斗くんのプロフィール・魅力・経歴が知りたい!

Travis Japan(トラジャ)のムードメーカーとして、周囲を明るく照らしている宮近海斗くん。ダンスはもちろんですが、彼のこれまでの歩みをたどっていくなかで、人間性やエピソードに触れると、踊っている姿だけでは分からない魅力がどんどん見えてきます。

今回は、そんなTravis Japan(トラジャ)宮近海斗くんのプロフィールを徹底解剖!入所理由や経歴のほか、様々なエピソードを通じて、ちゃかちゃんの魅力をたっぷりとご紹介していきます。

Travis Japan(トラジャ)宮近海斗くんのプロフィール・経歴


(画像:PhotoAC)

まずは、Travis Japan(トラジャ)宮近海斗くんのプロフィールを見ていきましょう!

名前 宮近海斗(みやちか かいと)
誕生日 1997年9月22日
出身地 東京都
血液型 O型
入所日 2010年10月30日
あだな 宮近、みやち、ちゃか、ちゃかちゃん
身長 166cm
メンバーカラー
兄弟 兄(2人)、妹
憧れの先輩 屋良朝幸
初ステージ 年末ヤング東西歌合戦!東西Jr.選抜大集合2010!
ちゃかちゃん呼びはいつから?
⇒2016年1月ごろから周囲で“ちゃかちゃん”呼びが登場し、そこから少しずつ浸透していった形のようです。

ちゃかちゃんプチっとMEMO

・みんなでいると明るいが、2人になると暗い(2人だと話せなくなる)
・イジられるのは好きだが、イジるのは苦手(ドM)
・カラオケではイキる
・ご飯をめちゃくちゃ食べる(ピザを1ホール以上食べたこともあり)
・京本会の主要メンバー

入所理由は?

2010年10月30日に、ジャニーズ事務所へ入所した宮近海斗くん。彼の入所のきっかけには、お母さんの存在が大きく関わっています。

幼稚園の頃からずっとサッカー(ポジションはDF)をやっていたという宮近くんですが、小学3年生の時に、突然お母さんからこんなことを言われたのだそう。

「あなた、リズム感ないわね」

リズム感のなさを指摘され、その流れでダンス教室に通うことになったといいます。はじめは気乗りがせず、嫌々やっていたそうですが、継続していくうちに楽しくなってきたと振り返っているんですよね。

ある日、家に帰ると履歴書が置いてあったそうで、お母さんに「郵便局に出してきなさい」と言われたという宮近くん。行かなかったら怒られるという理由で、嫌々出しに行ったんですよね。

封筒には、大きな文字で“ジャニーズ事務所”と書いてあったそうで、「恥ずかしかった」とも振り返っています。

履歴書を送ったものの、なかなか連絡が来なかったのだそう。その後、1年ほど経ってからFAXで連絡があり、オーディションへ参加→見事に合格を勝ち取ることとなります。

ダンスは好きだったものの、芸能界に興味があったわけではない宮近くん。入所までの流れについて、「今で言うと『履歴書ハラスメント』だった」なんて振り返っているんですよね。

ただ、「ジャニーズに入ってよかった」と感じているそうで、お母さんにラジオで感謝の気持ちを伝えていたこともありました。

同期のJr.は?

宮近くんの同期には、同じくTravis Japanのメンバーとして活躍する中村海人くん、松倉海斗くんのほか、Sexy Zoneの佐藤勝利くん、King &Princeの神宮寺勇太くん・岩橋玄樹くん、Snow Manの目黒蓮くん、宇宙Sixの原嘉孝くんなどがいます。

この時期に入所したJr.の多くは、「ジャPAニーズHi!」というユニットに所属していたことから、ジャパHi世代なんて表現されることもあります。

宮近くんは、「こんなに入れたことない!」とスタッフさんから言われたことがあるそうで、人数が多かったおかげで合格できたなんて振り返っていたこともありました。

2019年には同期会が行われたそうで、宮近くんは、幹事を務めたのだそう。これまでのエピソードなんかを見ても、宮近くん=幹事というパターンって結構多いんですよね。

Travis Japan(トラジャ)宮近海斗くんの歩み


(画像:PhotoAC)

Travis Japanの結成、プレゾンへの出演

2012年7月、「PLAYZONE’12 SONG & DANC’N。PARTII。(プレゾン)」の幕開けとともに、Travis Japan(トラジャ)が結成されます。この「プレゾン」は、宮近くんのジャニーズ人生において、大きな変化・成長をもたらした舞台とも言えるかもしれません。

かつて、自分自身の成長は「普通は、あまり分からないと思う」と語っていた宮近くんですが、プレゾンを経験してからは「変化に気づいた」と語っています。また、尊敬する先輩であり、プレゾンを語る上で欠かすことのできない屋良朝幸くんの存在もまた、彼に大きな影響を与えていることは言うまでもありません。

屋良くんのダンスを目の当たりにして、自信の未熟さを改めて感じたという宮近くん。表現力のすごさはもちろん、自分と同じ小柄でありながら、すごく大きき見えるダンスに圧倒され、乗り越えなければならない壁の高さを感じたと語っているんですよね。

プレゾンのリハ中にアドバイスをたくさんもらったそうで、ゆっくり音を取ることで自然と大きく見えることなど、屋良くんの経験から語られるアドバイスによって、稽古への意識も変わっていったと話していました。

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「『ダンス』と言ったら宮近だよね」

かつて、「そう言われるくらいになりたい」と語っていたことがありました。

小学3年生からダンスを始め、その楽しさや魅力にハマっていった宮近くん。そんなエピソードと連動するように、彼のダンスに懸ける想いのアツさに気づかされる瞬間って多いような気がします。

トラジャの結成、プレゾンへの出演、屋良くんとの出会いなど、彼の歩みには「ダンスに対する思い」をより強く、よりアツくさせる出来事・出会いが隠されているんですよね。

セクバへの出張

Travis Japanの結成とともに、トラジャの一員としての活動がスタートしますが、その途中には「セクバへの出張」という期間もありました。

Sexy Zoneが『Sexy Summerに雪が降る』を披露した「FNS歌謡祭」(2012年12月5日放送)。当時、「しゃかりきダンス」が代名詞だった松倉海斗くんの隣に、「もう一人しゃかりきの子がいる…!」と話題になったんですよね。それが宮近くんだったんです。

97年生まれで同期の2人が、やがて同じ高校に通い、同じクラスで、トラジャのメンバーとして一緒に活動する日が来るなんて…この時は想像できなかったですよね。

そしてそして、松松のトラジャ加入には、2人と同じ97年生まれで同期、同じ高校の同じクラスだった、うみんちゅこと中村海人くんの提案が関わっています。そう考えると、何かトリプルカイトってすごいですよね、ちなみに、3人そろって血液型はO型だったりもします。

ジャパHi世代の宮近くんは、トラジャが結成される前も、結成された後もSexy Zoneのバックにつくことはありました。2012年3月18日には、当時セクバやその周辺Jr.が多く出演していた「ジャニーズJr.ランド(ジュニラン)」にも初出演を果たしているんですよね。

「寝るかボケるか」と語るくらい人を笑わせるのが好きで、ジュニランでは盛大にスベったり、周りからイジられている印象も強くありました。「僕がしゃべると周りがシーンとしちゃう」とも語っていて、ジャニーさんから「こんなに静かにできるのは、YOUしかいないよ」と褒められたエピソードもあるんですよね。

後ほど“いわちかコンビ”について簡単に触れようと思っていますが、「岩橋玄樹くんと一緒」というイメージを持っていたファンの方もいるかもしれません。

セクバとしての歩み

宮近くんの口から「出張」という言葉が出たのは、2013年1月のセクゾ新春魂でした。

その後行われたジャニーズ銀座では、「Sexy Boyz(セクボ)クリエ」と「Travis Jr.(トラジュ=トラジャの弟組)クリエ」の掛け持ち出演も話題となりましたね。思えば、東京オリンピックへ向けた大型Jr.ユニット「Twenty・Twenty」構想の候補生としても名前が挙がっていました。

当初は「トラジャから出張」という紹介だったものの、振り返ってみると、2013年に入ってから少しずつ「セクバの人」というイメージが強くなっていったような印象でもあります。

飛躍、そして悔しさをにじませた2013年

「改めて、Travis Japanを知った1年だった」

2013年の終わりに、宮近くんはそう語っていました。同年6月には、ドラマ「激流~私を憶えていますか?~」への出演を果たすなど、活躍の場を広げていった印象でもありますが、その一方で、自身を大きく変えてくれた舞台「プレゾン」へ出演できなかったことに悔しさをにじませた年でもあったんですよね。

ほかのトラジャメンバーが出演するなかで、プレゾンの見学へ行った宮近くん。「泣いたら負け」という思いがあり我慢していたものの、オープニングの時点でウルウルしていたのだそう。当時のレポでは、ちょっと寂しそうな様子も伝わってきて、何とも言えない気持ちになったことを覚えています。

みんなのカッコよさ、そして「自分も出たかった」という悔しさ、「次は出たい」という思いをまっすぐ語る姿からは、トラジャに対する思い、プレゾンに対する思いを強く感じられた気がします。セクバへの出張によって、トラジャを客観的に眺めることができたという宮近くん。そこで気づくことも多かったと語っているんですよね。

★おもなテレビドラマの出演経歴

作品名 放送時期 役柄
激流~私を憶えていますか?~ 2013年6月~8月放送NHK 鯖島豊(中学生時代)役
お兄ちゃん、ガチャ 2015年1月~3月放送日本テレビ レイ 役
99.9 -刑事専門弁護士- 第9話:2016年6月12日TBS 山城良典 役
花のち晴れ~花男 Next Season~ 第1・2話:2018年4月17日・24日TBS 小松原拓 役
特捜9 2018年4月~6月放送テレビ朝日 佐久間朗 役
特捜9 sesson2 2019年4月~6月放送テレビ朝日 佐久間朗 役


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Guy’s勝利とクリエセクボ

宮近くんの出張は長期化し、2013年は現キンプリの岸優太くん、岩橋玄樹くん、神宮寺勇太くんと同じ括りでステージに立ったり、雑誌に登場したりすることも多くなっていきます。

以前セクゾのおすすめ曲の記事でもご紹介したんですが、ここに佐藤勝利くんを含めた仲良し5人組は「Guy’s勝利」という愛称で親しまれていましたね(勝利くんを含まない4人をGuy’s勝利と呼ぶこともありました)。

夏のお台場リアスコイベントのほか、舞台「DREAM BOYS JET」や「JOHNNYS’ 2020 WORLD -ジャニーズ トニトニ ワールド-」、『Real Sexy!』『バィバィDuバィ〜See you again〜』のMV出演などなど、2013年だけでも様々な現場を経験しています。

2014年に入ってからも「ガムシャラJ’s Party!!」や「Sexy Zone Concert Tour Sexy Second」へ出演。4月末から始まったジャニーズ銀座(クリエ)では、【A】Sexy Boysのメンバーとして、岸くん、岩橋くん、神宮寺くん、阿部顕嵐くん(現在はジャニーズを退所し「7ORDER project」のメンバーとして活動)とともにステージを盛り上げました。

クリエ期間中のセクセカ魂では、じぐいわの2人がセクゾのマリウス葉くんとSexy Boyzの結成を発表したことも話題となりましたね。

クリエ出演の5人はSexy Boys、セクセカ魂で発表されたのはSexy Boyzということで、実はボーイズの「ズ」のつづりが違っています。つづりは異なるものの、どちらも「セクボ」という略称になってしまうので、それぞれを区別する意味合いもあり、クリエ出演の5人は「クリエセクボ」と呼ばれるようになっていったイメージかもしれません。

Sexy Boyz とSexy Boysの違いは?
Sexy Boyzは2012年の結成(初代メンバーには神宮寺くんや嶺亜くんがいます)から続くユニットで、マリウスくん+じぐいわのセクボは細かく分けると「十何代目」くらいになる(であろう)歴史あるユニットです。『雨だって』や『ドンセク』をリリースしているユニットでもあります。一方のSexy Boysは、クリエセクボで登場した表記となります。このあたりはSexy Family(セクファミ)が規模を拡大していった時期でもあります。

クリエセクボの解体

クリエセクボは、「MAGIC」とも呼ばれていましたね。実は「MAGIC」は宮近くんが名付け親で、M:宮近、A:顕嵐、G:神宮寺、I:岩橋、C:岸という意味、「5人が集まれば魔法みたいな奇跡が起きる!」という意味が込められています。

Wゆうたは当て字なので、はじめはツッコミが入っていたリもしましたね。MAGIC括りでの活動は、Mr.King vs Mr.Princeが結成されるまで続いていくような形となります。

そういう意味では、クリエセクボの解体によって、宮近くんの出張が終わったとも言えるかもしれません。ただ、セクバで過ごす時間が長かっただけに、もはや出張という言葉を忘れつつあったような感覚もありました。

宮近くん自身もセクボクリエとしての活動に楽しさを感じていたものの、それが解体されたことによって、自分が頑張る場所はトラジャしかない!という思いになっていったと語っています。

「そっち(=セクボクリエ)が楽しくなった」という彼の言葉だけを切り取ると、少し誤解されそうな気がしますが、決して「どちらがいい」「どっちが楽しい」という問題ではないんですよね。

いつもどんな時も一生懸命な宮近くんだからこそ、セクバで過ごした時間が長くなるなかで、メンバーとの絆も深まって、そこに愛着のようなものも湧いて、「楽しさ」を大きく強くなっていったような感じなのかなと思っています。

「トラジャから出張」と本人が語っていたように、自分はTravis Japanのメンバーなんだという気持ちはずっと持ち続けていたと思うんですよね。ただ、目まぐるしく状況が変わっていくJr.の世界。この先どうなるんだろう…という思いは、ファンだけでなく、本人も持っていたはずです。

次ページからの記事後半では、“いわちかコンビ”のエピソードも交えつつ、宮近くんの魅力を掘り下げていきたいと思います。

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