Travis Japan(トラジャ)松田元太プロフィールまとめ!松松なくして語れない“げんげん”の魅力とは?

Travis Japanのメンバーとして、うちゅーいちの笑顔を輝かせている松田元太くん。“げんげん”という愛称で親しまれている彼の魅力はダンスだけではありません。知れば知るほど、げんげんのことがもっともっと好きになること間違いなし!今回は、Travis Japan(トラジャ)松田元太くんのプロフィールや経歴、性格や魅力について、様々なエピソードを交えながら、あげみざわ~なテンションでご紹介していきます。

Travis Japan(トラジャ)松田元太プロフィールまとめ!松松なくして語れない“げんげん”の魅力とは?

Travis Japan(トラジャ)松田元太くんのプロフィール・魅力・経歴が知りたい!

ファンのみんなをうちゅーいち愛し、ファンのみんなからうちゅーいち愛されているTravis Japan(トラジャ)松田元太くん。平成の時代に生まれ、平成の時代を、10代というかけがえのない青春時代を、ジャニーズの一員として駆け抜けてきました。

令和時代の幕開けよりも一足早く、20代の仲間入りを果たした元太くん。「えっ、今まで10代だったの?」なんて驚いている方も多いかもしれませんね。

今回は、そんなTravis Japan(トラジャ)松田元太くんのプロフィールを徹底解剖!入所理由や経歴のほか、様々なエピソードを通じて、げんげんの魅力をたっぷりとご紹介していきます。
あげみざわ~なテンションで、ナチュラルに頑張ります!

Travis Japan(トラジャ)松田元太くんのプロフィール・入所理由


(画像:PhotoAC)

まずは、Travis Japan(トラジャ)松田元太くんのプロフィールを見ていきましょう!

  • 松田元太(まつだげんた)
  • 誕生日:1999年4月19日
  • 出身地:埼玉県
  • 血液型:O型
  • 入所日:2011年2月10日
  • 同期:松島聡(Sexy Zone)
  • 身長:169cm
  • 兄弟:妹(8歳下)

【入所理由】山田涼介くんとの出会い

2011年2月10日にジャニーズ事務所へ入所した松田元太くん。Hey! Say! JUMP山田涼介くんに憧れたことがきっかけとなり、ジャニーズとしての道を歩みだすこととなります。

SMAP好きなお母さんの影響で、“メンバー振り”をマスターするほど音楽番組をよく見ていたのだそう。小学4年生の頃に参戦したJUMPのコンサートで、キラキラ眩しい山田くんと出会い、「ここに入りたい!」という気持ちが強くなっていきます。

しかし、「山田くんを目指す」という夢だけではなく、元太くんには「プロサッカー選手になる」という夢があったんですよね。

ここでの“大きな選択”があって、今のげんげんがある……。彼自身も「平成一の大きな選択」と語っているように、ここが、元太くんにとってのターニングポイントとなったことは言うまでもありません。

【入所理由】平成一番の大きな選択

高校でサッカー部だったお父さんと、その部のマネージャーだったお母さんが恋に落ち、結婚してげんげんは生まれました。だから自分は「サッカーをやる運命だった」と語っていたこともありましたね。

4歳頃には、お父さんに教えてもらいながら公園でサッカーボールを蹴っていたのだそう。その後、小学2年生になりサッカー少年団へ入団。県ベスト8の実力があるチームで、サッカー漬けの日々を過ごしていたと言います。

この頃は物静かなサッカー少年だったそうですが、小4からはキャプテンを務めていたそうで、埼玉県のU-12選抜に選ばれるほどの実力の持ち主だったことでも知られています。

本気でプロのサッカー選手を目指していたというげんげん。夢中になるとそれしか見えなくなるという彼を振り向かせ、「プロのサッカー選手になりたい」という気持ちを揺るがすほど、山田くんとの出会いは大きなものだったことがうかがえます。

ジャニーズのオーディションが行われた2011年2月10日。この日は、大事なサッカーの決勝戦が行われる日でもあったんですよね。

げんげんがどちらを選んだのかは言うまでもありませんが、ここでの大きな選択があったからこそ、ジャニーズの松田元太としてキラキラ輝き続ける“今”につながっています。

Travis Japan(トラジャ)松田元太くんの経歴・歩み


(出典:Pixabayより)

セクバとしての歩み

念願のジャニーズ入所を果たした元太くん。入所後初めて出演したステージは何とHey! Say! JUMPのコンサートだったんですよね。

本番前にJUMPメンバーとハイタッチするチャンスがあったそうですが、他のJr.たちがグイグイと行くなかで前に出ることができず、そのまま本番が始まってしまったというエピソードがあります。

今のコミュ力お化けな元太くんからはあまり想像ができない光景でもありますが、この“ほろ苦デビュー”を味わったからこそ、「前に出なくては!」ということを、身をもって感じられたとも言えるかもしれません。

同期である松島聡くんがSexy Zoneとしてデビューしてからは、彼らのバックで踊るJr.(=セクバ)としての活動が多くなっていきます。(聡くんは2011年2月6日入所となっていますが、ほぼ同時期の入所なので同期と考えられています)

セクゾのバックについているJr.を「セクバ」と捉える場合もありますが、バックにつくJr.がある程度固定されるようになってからは、特定のメンバーで構成されるJr.たちを「セクバ」と呼ぶことが多くなっていったようにも思います。

げんげんは、セクゾのデビューシングル『Sexy Zone』のMVや、セクゾが地上波初登場を果たした「ミュージックステーション」(2011年11月11日放送)などなど、セクゾのデビュー当初からバックにつく機会が多くありました。

しかし、セクバの主要メンバーとして認識されたのは、松松がシンメとなった2012年の夏以降と考えたほうがいいかもしれません。

現7 MEN 侍・中村嶺亜くんのプロフィール記事でもご紹介しましたが、「きしっくす」から、岩橋くん→谷村くん→松松(松倉海斗くん・松田元太くん)→本髙くん→宮近くん(※トラジャから出張)…と、規模を拡大していったようなイメージでしょうか。

もちろん、KAT-TUNやKis-My-Ft2をはじめ、様々なグループのバックダンサーとしてステージに立っていますし、Sexy松(Show)としての活動やドラマ・バラエティ番組への出演、滝沢歌舞伎やEndless SHOCK、ミクロワールド・ファンタジアへの出演、トラジャへの加入などなど……単なる「セクバ語り」でげんげんの全てを網羅することはできません。

ただ、セクバとしての歩みや経験、そして何よりも共にセクバとして歩んできた運命的なシンメとの出逢いがあったからこそ、今のげんげんがあると言っても過言ではないんですよね。

ちなみに……

宮近くんが、トラジャからの出張という形でセクバとしてステージに立っていた時期も懐かしいですね。この時には、松松がトラジャに加入する日が来るとは誰も想像できなかったはず。

余談になりますが、個人的には、少クラでの元太くんと宮近くんの「頭ごっつんこ事件(筆者が勝手に名付けています)」がすごく印象に残っています。

それが、2013年11月6日のザ少年俱楽部でセクゾが『バィバィDuバィ~See you again~』を披露した時。

ステージ向かって左後方に横並びで立っていた2人が、最後の「サンキュ~♪」の振りのところで頭をごっつんこしてしまうんですよね。ニコッとしながら元太くんを見る宮近くんという光景も微笑ましいものがありました。

翌月第1週の少クラ(12月4日放送)でも同曲が披露されたんですが、この時には元太くんが「今日はぶつからないれす!」とばかりにニコっと宮近くんをチラ見していました。

何かこう、ストーリーとしてつながっているような印象を受けたのと同時に、一つ一つのステージを大切に胸に刻んでいることが分かるような光景だった気がして、心がほっこりしました。

運命のパートナー・松倉海斗との出逢い

げんげんを語る上では、やはり、まつく(松倉海斗くん)の存在を欠かすことができません。ただ、今回は松田元太くんのプロフィール記事ですし、一度“松松シンメ”を語りだすと一晩中…いや、1週間分ぐらいは語ってしまいそうなので、ここでは駆け足でご紹介していきます。

松松が入所した時期は3か月半ほど異なり、セクゾデビュー時の状況などを見ても、2人のスタートラインは異なる位置にあったと言えるかもしれません。

ただ、負けず嫌いな性格や無限大の向上心で、たくさんの笑顔・汗を輝かせながら頑張ってきました。そして、いつしか互いを引き付け合うようにシンメとなったんですよね。

これだけでも“運命的”と言いたくなりますが、この段階で「運命」という言葉を使ってしまうと、この先の松松を取り巻くドラマティックなストーリーに、どんな言葉を使えばいいのか分からなくなるはず。

それくらい、松松シンメは運命よりも近く、奇跡よりも確かな存在となっていきます。

揺るぎないものになった松松というブランド

シンメを結成してからは、“しゃかりきダンス”を持ち味としてきた2人。一度見たら絶対に忘れることのない気持ちよさ・爽快感に溢れるダンスは、佐藤勝利くんをしゃかりきダンスにさせてしまうほど圧倒的存在感を誇っていました。

「色んなことがあると思うけれど、一緒にしゃかりきダンスで乗り越えていこう」と思いを共有していたこともありましたね。

様々な経験を通じて、“しゃかりきに”、“がむしゃらに”という思いは少しずつ変化を見せていくこととなりますが、「一緒に乗り越える」という言葉が示すように、松松はどこまで行っても松松なんです。

一緒の道を歩むことが、どこか当たり前のように感じつつありますが、2012年の夏から今もなお「松松」という言葉が私たちの身近にある現実って、やっぱりすごいなぁ……そんなことを、感じずにはいられません。

思えば、2か月間にわたり口を聞かなかった「松松史上最大のケンカ事件」もありました。今回は泣く泣く割愛させていただきますが、史上最大のケンカ中に魅せた『スワンソング』、そこから4年の月日を経ての『スワンソング』もまたアツいんですよね。スワンソングは、松松のテーマソングとも言える大切な楽曲の一つです。

色んな経験・想い・景色を共有し、松松の絆はより深いものになっていきます。

げんげんを突き動かしたまつくの存在

これまでの松松の歩みに目を向けた時に、「げんげんにとってのターニングポイント」という視点でご紹介したい出来事が、まつくの「Endless SHOCK」抜擢。

松松はずっと一緒だったわけではなく、まつくがSHOCKへ抜擢された2015年の夏以降、1年ほどはそれぞれのフィールドで頑張る時期がありました。

まつくに会うために、自費で大阪まで「SHOCK」見学に行ったげんげん。大切なシンメの頑張っている姿に、公演前も公演中も公演後も涙が止まらなかったと言います。

ただ、この涙には「感動」や「嬉しい気持ち」だけではなく、「悔しさ」なども交錯した複雑な想いが含まれていたんですよね。

この出来事、まつくという大切な存在が、げんげんを突き動かしたとも言えるかもしれません。

客席で見ていたげんげんが、歌のみのオーディションを勝ち取り、まつくと一緒に「Endless SHOCK」の舞台に立つ……

しかも、座長の堂本光一くんは松松がシンメだと知らない状況で2人を抜擢……

さらには、2人一緒にTravis Japan(トラジャ)に加入……

これ以上の展開はあるのかな…と思ってしまうくらい、フィクションのようなノンフィクションの展開になってしまうのが、松松ストーリーなのです。

Travis Japan(トラジャ)松田元太くんの魅力とは?


(画像:PhotoAC)

松田元太くんの魅力は何れすか?と聞かれたら、みなさんは何と答えるでしょうか。

この記事で何を一番に伝えればいいか考えてみたんですが、行きついた結論は「分からない」なんですよね。それは、魅力がないから分からないのではなく、“魅力がありすぎて”分からないんです。

松田元太という人間から魅力をピックアップするというよりは、松田元太という人間そのものが魅力の塊とでも言えばいいでしょうか。どれも魅力なので、どれが魅力なのか分からないんです。

よく「底なし沼」なんて表現することがありますが、“げんげん沼”もまた奥が深いんですよね。

軽い気持ちで沼を覗きに行くだけで、おそらくもう帰れません。少しでも気になったらおしまい、油断していると一気に持っていかれます。

絶えず更新される武器

「分からない」と言いつつも、あまりにも漠然としすぎているので、少し別の角度から魅力について考えてみます。

松松の話に戻ってしまうんですが、かつて、元太くんは松倉くんと組むことを「RPGゲームの武器屋で強い武器を手に入れた感じ」なんて表現していたことがありました。

ただ、松松が手に入れた武器って、どんどんグレードアップしていくんですよね。すでに持っている武器で十分だとしても、それに満足しないで、どんどん新たなものを手に入れていく……と言えばいいでしょうか。

今ある武器に決して依存することなく、新たなものへ果敢に挑み、唯一無二の武器を手に入れていく……これが松松の魅力であり、松倉くん・元太くんそれぞれの魅力でもあるんですよね。

見るたびに目まぐるしく進化していく点、両極端にも見える魅力的な一面を「これでもか!」と纏っていく点などなど、まさに「Endless伸びしろ」状態。見れば見るほど、知れば知るほど「もう訳が分からない!」が最高の褒め言葉へと変わっていきます。

訳が分からないまま沼にハマり、よく分からないけれどすごく心地よい気持ちのまま沼底へ沈んでいく……それが“松田元太”という名の恐ろしい沼なのです。

内面から見えてくるげんげんの魅力

どの瞬間を切り取っても美しく艶やかなダンス、甘いマスク、無邪気で甘えん坊な一面、ファンを瞬殺するステージでの色気・表情、話すとマシュマロのような雰囲気などなど、目に見えるところにもたくさんの魅力が散りばめられています。

一方で、一目見ただけでは分からない部分、具体的には「ステージに懸ける想い」や「ファンを大切に想う気持ち」などの内面に触れることで、見えてくる魅力もたくさんあります。

先ほどご紹介した松松史上最大のケンカ事件では、「このままじゃ松松が良く見えない」「こんな松松をファンの人に見せたくない」というまっすぐな想いを松倉くんにぶつけたことがきっかけとなって、仲直りしたというエピソードがあります。

特別な意味を持つ『Anniversary』

自身の初めてのソロ曲にKinKi Kids『Anniversary』を選んだ理由。その背景には、「ファンと僕の記念日にしたい」という想いがあったと語っていたこともありました。

この『Anniversary』という曲は、元太くんにとってもファンにとっても、特別な意味を持つ曲ですよね。初のソロ曲としてだけではなく、元太くんが初めてマイクを持った曲でもあります。

2013年6月5日放送の「ザ少年俱楽部」のEDでこの曲が披露された時、セクバの子たちがメインとなってステージを披露したんですよね。

普段一生懸命踊っている子たちが、ステージでマイクを持って歌い上げる姿。そこに描かれる景色へ触れた時に、筆者も込み上げてくるものがあったことを鮮明に覚えています。

みんなの遠くを見つめるまなざしは、何とも言えない雰囲気が漂っていました。

Jr.にとって「デビュー」という大きな目標があることはその通りですが、「少しでもいい位置で踊りたい」「いつかはマイクを持ちたい」という想い、それを叶える瞬間がいかに大きなものか、このステージを通じて分かったような気がします。

元太くんにとっては、入所してからマイクを持つまでに2年かかりました。

「2年で」と考えるか、「2年も」と考えるかは人それぞれだと思いますが、彼が尊敬してやまない山田涼介くんもまた、マイクを持つまでに2年かかったと語っていたことがありましたね。

その時の山田くんの想いに触れてみても、「マイクを持つことの意味」って、すごく大きなものだと感じます。

同じステージに立っていても、届きそうで届かない……そのぐらいの距離があるからこそ、元太くんにとっても、マイクを手にしてステージに立った感動、その瞬間はきっと大切に胸に刻まれているはず。

誰かにとっては何気なく過ぎていくステージや時間も、誰かにとっては特別な記念日になるんですよね。

物事を前向きにとらえる姿勢

先ほど「少しでもいい位置で踊りたい」と話しましたが、元太くん自身も、自分より後ろで踊っていたJr.のバックにつくことが多くなり、悔しさをにじませたことがありました。

ただ、この時に彼の口から語られたのは、「100%の笑顔でダンスできていなかったことがもっとダメ」だという言葉でした。

どんな状況であっても、心の底からダンスを楽しんでいたはずの自分。もやもやとした気持ちを顔に出してしまったことを反省しつつも、そう気づけた自分を前向きにとらえて、成長へつなげようとする姿勢がありました。

普通であれば「ここで終わり」という段階、そこよりも先のことまで見据え、前向きに変換して、行動できてしまう点もまた、元太くんならではの魅力と言えるかもしれません。

20代になったTravis Japan(トラジャ)松田元太くんのさらなる活躍に期待!

(画像:PhotoAC)

元太くんはかつて、「いい人との出会いが多い」と語っていたことがありました。

ここまでの歩みを辿ってみると、「あの時○○でなければ、今の松田元太はいなかった」というシーンには、確かにこうした大切な人との出会いが隠されているようにも思います。

ただ、そうした捉え方をできる元太くんだからこそ、出会いが特別なものになっているのも事実。

決して「運がいい」という話で終わりではなくて、魅力いっぱいの元太くんだからこそ、そうした運命的な人が引きつけられていくのかもしれません。

かつて、ダンスレッスン中に、外国人の先生から「ダンスはどこで表現すると思う?」という問いを投げかけられたことがあり、「手とか、動き」と答えたという元太くん。

これに対し、「ハートで感じながら表現すると人に伝わる」と胸をトントンと叩きながら教えてもらったそうで、先生の言葉に感動したと語っていたんですよね。

こうした何気ない瞬間の出会いも元太くんにとっての財産となっているはず。ダンスを含め、変わるもの、変わらないものそれぞれに、元太くんの魅力・個性が隠されているんですよね。

「俺のファンにならないと損をする」

本人から発信されるそんな言葉もまた、すごく説得力があります。貪欲に突き進み、成長していく元太くんからは、一瞬たりとも目が離せないんですよね。

20代となった元太くんが、ここから歩んでいく令和の時代。テンションあげみざわ~で進化し続ける元太くんから目が離せません!

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