【7MEN侍】中村嶺亜くんのプロフィールまとめ!スケボーだけでは語れない“れあたん”の魅力とは?【恋電所】

7 MEN 侍の一員として、多くのファンを魅了してやまない中村嶺亜くん。Jr.大賞「恋人にしたいJr.」の常連さんとしても知られる嶺亜くんですが、そんな彼の魅力を知れば知るほど、多くのファンに愛される理由が分かるはずです。今回は、7 MEN 侍・中村嶺亜くんのプロフィールや経歴、性格や魅力について、様々なエピソードを交えながらご紹介していきます。

【7MEN侍】中村嶺亜くんのプロフィールまとめ!スケボーだけでは語れない“れあたん”の魅力とは?【恋電所】

7 MEN 侍・中村嶺亜くんのプロフィールや魅力、経歴が知りたい!


(画像:PhotoAC)

7 MEN 侍の最年長として、たくさんの魅力をキラキラと輝かせている中村嶺亜くん。2009年の入所以降、持ち前のポジティブさで、マイペースに自分らしく歩みを進めています。

プロを目指すほどスケボーに夢中だった少年は、いったいどのようにしてジャニーズの道を歩むこととなったのでしょうか。また、スノープリンス合唱団やセクバ、セクボの活動など、数多くの経験を重ねていくなかで、どんな思いが芽生えていったのでしょうか。

嶺亜くんの物事に対する見方や考え方、そこから描き出される人間性や美学、流儀のようなものに触れることで、もっともっと彼のことが好きになるはずです。

今回は、そんな7 MEN 侍・中村嶺亜くんのプロフィールを徹底解剖!入所理由や経歴のほか、様々なエピソードを通じて、嶺亜くんの魅力をたっぷりとご紹介していきます。

7 MEN 侍・中村嶺亜くんのプロフィール、入所時のエピソード


(画像:PhotoAC)

まずは、7 MEN 侍・中村嶺亜くんのプロフィールを見ていきましょう!

プロフィール

名前 中村 嶺亜(なかむら れいあ)
誕生日 1997年4月2日
出身地 東京都
血液型 A型
身長 167cm
きょうだい 妹(2人)
担当楽器 ギター
趣味 油絵
特技 スケボー、スノボ、ベース
憧れの先輩 菊池風磨(Sexy Zone)
入所日 2009年10月3日
同期 井上瑞稀(HiHi Jets)
メンバーカラー

入所理由とは?

2009年10月3日、小学6年生(12歳)の時にジャニーズ事務所へ入所した中村嶺亜くん。知り合い(親の友達)が、知らないうちに履歴書を送っていたそうで、「ジャニーズのオーディションがあるよ」と親に言われ、初めて応募の事実を知ったと言います。

当時、スケボーに夢中だった嶺亜少年は、オーディションへの参加を一度断っているんですよね。しかし、数か月後に再度オーディションのお知らせが届き、ここからジャニーズとしての歩みがスタートすることとなります。

スノボからスケボーへ

今や、嶺亜くんを語る上で欠かせない「スケボー」の存在。スノボのインストラクターであるお父さんの影響もあり、小学3年生の時から始めたのだそう。

実は、スケボーを始める前は、スノボに打ち込んでいたんですよね。お父さんがスノボの大会で優勝した時の盾が家にあったそうで、それを見て「かっこいいな」と思った嶺亜くんは、3歳くらいからスノボを習いはじめたと言います。1歳の時にはすでに、お父さんに抱かれながら滑っていたんですよね。小さい頃の夢は、「スノボの選手」だったと本人も話していました。

しかし、雪が積もらないとスノボができないため、夏の期間はスケボーをやっていたのだそう。そうしているうちに、次第にスケボーというものにハマっていき、スノボ→スケボーといった変化をもたらしていったようです。

気づけばジュニア大会で優勝するほどの実力を身につけた嶺亜くん。オリンピック2大会連続銀メダリストの平野歩夢くんとは、スケボー仲間としても知られています。

ちなみに…
お父さんがスノボ好きということもあって、半年は東京にいて、半年は長野に行くという生活をしていたという嶺亜くん。そのため、幼稚園と保育園どちらにも通っていたんですよね。長野の保育園では、嶺亜くんの学年の男の子の人数がいっぱいだったため、1つ上の学年のクラスに入れられていたというエピソードもあります。

また、保育園児だった頃に、いたずらで大きなバッタを踏んでしまったことがあったそうですが、先生から「そんなことをしたら、バッタがオバケになって出てくるよ」と言われ、何であんなことをしてしまったんだろう…と後悔したのだそう。空を見上げながら、これからは虫を大切にしようと誓い、その後、水たまりで溺れていたテントウムシを手ですくって助けたなんてエピソードがあったりもします。

オーディションへ向かわせた父の言葉

もともとは、両親もプロスケーターにしようと思っていたようですが、ジャニーズオーディションの知らせが来ると、お父さんは「ジャニーズ合格が、スケボー大会の優勝よりすごいんだ」ということを嶺亜くんへ話したのだそう。

複数のスケボー大会で優勝経験がある嶺亜くん。その過程には、必死に練習した日々、積み重ねてきた努力があるんですよね。だからこそ、この言葉に衝撃を受けて「ナメんなよ!」という気持ちが芽生えたと言います。

当時について、うまく乗せられたなんて振り返っている嶺亜くん。お父さんの言葉は、一度は断ったジャニーズのオーディションへ気持ちを向けさせるための、いわば「作戦」のようなものだったのかもしれません。

スケボー大会の優勝よりすごいと言うのなら、ジャニーズのオーディションに合格して、すぐに辞めてやる…! そんな意気込みでオーディション会場へと向かったという嶺亜くん。気持ちのベクトルが少し違う方向を向いているのかもしれませんが、メラメラと燃える気持ちを持って、オーディションに臨んだとも言えるかもしれません。

浮いていたオーディション

当時、アンダーグラウンドなスケーターに興味を持っていたという嶺亜くん。ジャニーズは、そうしたものとは対照的な世界だったと言えるかもしれません。ダンスに対する「恥ずかしい」という思いはもちろん、アイドルは「男がやるものではない」という思いなどもあって、当時は全く興味のなかった世界なんですよね。

オーディションでは、ダンス審査に備えて周りがジャージ姿のなか、嶺亜くんはスケボーをするときのデニム姿だったそう。オーディションの集合時間に遅刻したことに加え、髪も肩に届くほど伸びており、周りから浮きまくりだったと振り返っています。

ダンス経験が全くなかったため、あまり手ごたえはなかった様子。ただ、オーディション曲がKAT-TUNの『DON’T U EVER STOP』という、いわば“オラオラ系のダンス”だったことに対しては、運がよかったのかもしれないなんて後に振り返っているんですよね。

ジャニーさんとの出会い

さらに、オーディションでは、嶺亜くんの運の良さ?を裏付けるような出来事が起こりました。ダンス審査後に特技を披露することになり、「ねぇ、スケボーある?」と近くにいた見知らぬおじさんに声をかけたという嶺亜くん。それに対し、「探してもらうね」という返答があったそうですが、この会話の相手こそジャニーさんなんですよね。

結局スケボーは見つからなかったそうで、特技をアピールすることはできませんでした。しかし、話しかけた見知らぬおじさん=ジャニーさんだったという“あるあるパターン”が、特技を披露する以上の大きなアピールにつながったと言えるかもしれません。

それを裏付けるように、オーディション終了後には、同期の井上瑞稀くん(現HiHi Jets)とともに雑誌撮影現場へ連れていかれているんですよね。目まぐるしいスピード感で、ジャニーズJr.としての歩みがスタートすることとなります。

唯一の同期

嶺亜くんにとって、唯一の同期メンバーである瑞稀くん。この時のオーディションでは、100人中2人(3人説もあり)しか受からなかったという伝説があります。

「山田涼介くんになりたい!」という思いで応募した瑞稀くんですが、幼少期からめんどくさがりな性格だったそうで、オーディション当日もそうした「めんどくさい」という思いを引きずったまま会場に行ったというエピソードがあります。

嶺亜くんもまた、ある意味で「合格してやる」という意気込みを持っていたのかもしれませんが、やはり「めんどくさい」という気持ちで踊っていたのだそう。後方でテキトーに踊っていた瑞稀くんと「面倒くさいよね~」なんて盛り上がっていたというエピソードもあります。

「受かったから仲良くなった」パターンではなく、「たまたま仲良く喋っていた子と受かった」なんて話していた嶺亜くん。100人がいたオーディションのなかで“みじゅれあ(みずれあ)”が出会って話したことだけでもすごいですが、そんな2人だけが合格者になってしまうことを考えると、運命的なものを感じずにはいられません。

今もお互いがお互いのグループで活躍している姿、「伝説のコンビ」として愛され続けている姿を見ると、この2人にはやはり光るものがあったんだなぁと感じます。

入所当時は、それぞれ12歳(嶺亜くん)、8歳(瑞稀くん)だった2人。同期ではあるものの、かつてはお兄ちゃんと弟のように映る瞬間も多かったかもしれません。2013年11月6日に放送された「ザ少年俱楽部」、Sexy Zoneが『バィバィDuバィ~See you again~』を披露した時のシーンが、個人的には印象に強く残っています。

このあとご紹介しますが、嶺亜くんは当時セクバとしてステージに立つことが多くありました。一方の瑞稀くんも、セクバをどのように捉えるかによって見方や考え方は異なりますが、当時のセクバ界隈では、橋本涼くん(現HiHi Jets)、林蓮音くん(現Jr.SP)、金田耀生くんらとともに「ちび6」と呼ばれ、セクバと同じステージに立つことが多くありました。ちなみに、当時のフォーメーション(ラストのフレンドシップ部分)はこんな感じです。

この『バィバィDuバィ~See you again~』のステージでは、セクバのメンバーを中心としたメンバーがバックにつき、曲のラストで「ちび6」のメンバーが合流するという流れだったんですよね。曲の最後にみんなで手をつないで輪を作り、反時計回りにクルクルと回るシーンがあります。

その時に、輪の内側へ入るタイミングを模索していた瑞稀くんの様子を察知して、嶺亜くんが背中を押してあげる様子が映っていたんですよね。この時に「あぁ、お兄ちゃんしてるな~」と思ったものの、よくよく考えれば同期じゃん…! と気づかされてハッとさせられた記憶があります。ちなみに、この回に限らず、翌月の放送などでも嶺亜くんがちびジュの背中を押してあげるシーンがありました。

そこから年齢を重ねていくなかで、いつしか瑞稀くんのほうが背が高くなりました。2人とも(特に瑞稀くんが)大人っぽくなっていくなかで「同期」というイメージが前面に出てきたようにも思います。同期というより、近年はカレカノみたいな感じでもあるでしょうか。ともに「姫」なんて呼ばれる2人ですが、“みじゅれあ”のエピソードを拾い集めていくと、そう感じることも多いです。

2020年3月6日の少クラで披露された『チラリズム』は、“みじゅれあ”ファン必見のステージ。需要が供給に追いついてきたなんてパワーワードがありましたが、私たちファンからすると、もともと需要がすご~くあって、もっともっと供給してもいいんだよ~なんて贅沢なことを考えたくなるようなステージでもありました。この先、さらに期待が高まるようなそんなステージだったかもしれません。

嶺亜くんの何らかのアクションや発言に対して、嫌がる顔をする瑞稀くんというパターンがあるようにも思いますが、瑞稀くんがまんざらでもない様子だったり、見えないところでは嬉しそうだったり…といったエピソードもけっこう発信されているんですよね。嶺亜くんいわく「ツンデレ」で、瑞稀はいじめたほうがかわいくなるタイプなんて話していました。

そうした発言が飛び出してしまうのも、オーディションから一緒で、気心の知れた伝説の同期だからこそなのかもしれません。

ちなみに…
瑞稀くんの履歴書の写真が超カッコよくて、「こりゃ受かるわ」と思ったという嶺亜くん。一方の自分は、変顔をしたり、白目をむいたり、ロン毛をツインテールにしたりと、かなりふざけていたのだそう。

とは言え、履歴書は知り合いが送っているため、そうした写真だったことを後になってから知ったんですよね。「これでよく書類選考に通ったな…」と笑わずにはいられないくらいの写真だったようです。

7 MEN 侍・中村嶺亜くんの経歴・歩み


(画像:PhotoAC)

最初のターニングポイント

オーディション合格の1か月後には、同期の瑞稀くんらとともに、スノープリンス合唱団へ加入。年末には紅白歌合戦にも出場を果たしています。「すぐに辞めてやる!」なんて思っていた嶺亜くんですが、忙しい日々を過ごすなかで「辞める」というタイミングがなかったと振り返っているんですよね。

いわば“遊び感覚”で仕事をしていたという嶺亜くん。そんな彼の意識を変えたのが、Kis-My-Ft2北山宏光くんとの“ある出来事”でした。舞台でキスマイのバックにつけてもらい、スケボーを披露することになったのだそう。しかし、初日のパフォーマンスでローラーを履いた北山くんとぶつかってしまいます。

スケボーから落ちてしまい、ものすごく腹を立てたという嶺亜くん。しかし、北山くんから「大丈夫だった?」「ぶつかってごめんね」と優しく言葉をかけてもらい、腹を立ててしまった自分に対する恥ずかしさが込み上げてきたんですよね。

それと同時に、「遊び半分でやるものではないんだ」という自覚が芽生えたのだそう。これが、生意気だったと振り返る嶺亜くんにとっての最初のターニングポイントとなります。

意識の部分だけでなく、この舞台でスケボーを披露できたことも大きかったかもしれません。ここから、スケボーJr.として注目される機会も増え、現在の7 MEN 侍としての活躍までつながっていくことになります。

ちなみに…
昔からあまりテレビを見なかったという嶺亜くん。初めてテレビに出演した時に、ゲストとして来ていたタッキーを見て「かっこいい!」と思ったというエピソードがあります。
家に帰ってから「ゲストの人がめっちゃかっこよかった!」と話したそうですが、それを聞いて、放送を見たお母さんから「タッキーじゃん!!!」と言われたんですよね。

そんなタッキーとは、入所1~2か月後に『滝沢革命』で共演。当時、上下関係はもちろん、右も左も分からなかったという嶺亜くんは、タッキーが役で持っていた杖を奪って攻撃したり、軽く蹴ったりしちゃったのだそう。

お手紙を読むシーンでは、ポケットから手紙を出した際に、楽屋で食べていたおかしのゴミが落下。しかし、それを拾わずにそのままハケていったという伝説もあります。そんな嶺亜くんを見てタッキーは笑っていたと振り返っていました。入所1~2か月だからこその微笑ましいエピソードとも言えるかもしれません。

「ジャニーズJr.の中村嶺亜」のはじまり

「セクバ」としての活躍もまた、嶺亜くんを語る上で欠かせない要素の一つ。ここから、「ジャニーズJr.の中村嶺亜」がスタートしたと本人は語っているんですよね。

2011年の夏以降、期間限定ユニットだった「スノープリンス合唱団」としての活動は見られなくなりますが、同年11月にSexy Zoneがデビューしたことを機に、セクゾのバックにつくJr.(=セクバ)としてステージに立つことが多くなっていきます。

ちなみに、「セクバ」というのはユニット名ではなく、公式的な呼称でもありません。セクゾのデビュー後、じわじわとファンの間で使われるようになり、広く浸透していった印象でもあります。

思えば、嶺亜くんと一緒にセクバ時代を駆け抜けてきたトラジャの松倉海斗くんが、2020年に雑誌のなかで「セクバ」という言葉を使っていたことが印象的でした。そう考えると、長い年月のなかで「セクバ」という呼称は、もはや公式のように広く浸透していったと考えることができるかもしれません。嶺亜くんと同様に、松倉くんもまた「セクバ」という時代が“今”を語る上で欠かせないものであったことは言うまでもありません。

セクバの初期主要メンバーには、嶺亜くんのほか、現King & Prince(キンプリ)の岸優太くんや神宮寺勇太くんなどがおり、ファンの間では「きしっくす」なんて呼ばれていた時代もあります。

2012年春からは岩橋玄樹くんがセクバにつくようになり、「神7」と呼ぶファンの方も多くなっていった印象です。ちなみに、「きしっくす」時代のメンバーは6人ですが、この時から「神7」と呼んでいるファンの方もいました。

さらには、Snow Man目黒蓮くんのお友達としてISLAND TVに登場したことも記憶に新しい谷村龍一くん、現Travis Japan(トラジャ)の松松コンビ(松倉海斗くん、松田元太くん)、現在は7 MEN 侍として嶺亜くんと活動を共にしている本髙克樹くん、さらにはトラジャから出張してきた宮近海斗くん、現キンプリで嶺亜くんとシンメだった時期もある髙橋海人くんなどなど…セクバは規模を拡大していきました。

この間、Sexy Boyz(セクボ)というユニットが2012年に結成され、嶺亜くんは神宮寺くんらとともに、メンバーに抜擢。セクボは、『雨だって』や『Don’t Stop Sexy Boyz!(ドンセク)』を歌ったり、クリエなどにも出演したりしていたユニットです。ただ、「メンバーが流動的だった」と嶺亜くん自身も語っているように、セクボの変遷をたどっていくと「何代目まであるのぉぉぉ~」と叫びたくなるんですよね。

Sexy Boyzと聞くと、2014年5月5日の「Sexy Zone Concert Tour Sexy Second(セクセカ魂)」で発表された、マリウス葉くん+じぐいわによるユニットというイメージも強いかもしれません。ただ、これは先述の2012年から続いてきたセクボが再編成されたものなんですよね。

そこに至るまでの過程を見ると、本当に目まぐるしくメンバーが変わる状況であったため、「セクボとしてのデビューはないだろう」と嶺亜くん自身も感じていたようです。

ちなみに、セクセカ魂と同時期に行われていたジャニーズ銀座(クリエ)では、「boyz」「boys」違いで、Sexy Boysというユニットも出演していました。どちらもセクボと略されてしまうため、クリエに出演していたメンバーはクリエセクボと呼ばれ、彼らの公演はセクボクリエと呼ばれていました。

神宮寺勇太くんの言葉

先ほどお話しした、「ここからジャニーズJr.の中村嶺亜がスタートした」という言葉。ここには、セクバとして活動を共にしてきた神宮寺勇太くんの存在が大きく関わっています。

セクゾがデビューして以降、神宮寺くんは「俺も絶対デビューする!」という夢や目標を口にしていたと言います。同期である佐藤勝利くんのデビューが、そうした思いを芽生えさせ、加速させていったと言えるかもしれません。

セクバのメンバーたちは、そうした神宮寺くんの言葉に影響を受けて、スイッチが入ったんですよね。Jr.としての活動を何となく続けていた嶺亜くんもまた、神宮寺くんの言葉を受けて「ジャニーズで頑張ろう!」という気持ちが強くなっていったと言います。

当時のセクバの結束の強さ、その裏側にはこうしたエピソードも大きく関わっているのかもしれません。

“じぐれあ”の関係性

神宮寺くんとは「じぐれあ」なんて愛称で親しまれている嶺亜くん。

セクバの初期から切磋琢磨してきた2人ですが、2012年の夏ごろは、ほとんど話さないような関係性だったんですよね。この時期は、ファンの間でも「不仲説」が出ていたほどで、神宮寺くん自身も「あれはヤバかった」なんて振り返っていたことがありました。

特に「これ」といった理由はなかったようですが、仲間であると同時にライバルでもある関係性、同じ97年生まれで、当時中学3年生という思春期真っ只中だったことなど、色んな要因が絡んでいたのではないかと筆者は思っています。

それぞれがそれぞれにしかない魅力を纏っているからこそ、自分が持っていないものに対して、あこがれや好感を覚えることもあるはず。それがふとした瞬間に、嫌悪感につながることも(あくまで推測でしかありませんが)あったのかもしれません。

ただ、こうした時期を乗り越えて、さらには年齢を重ねていくなかで、じぐれあの絆はより深まっていったんですよね。

思えば、「ジャニーズJr.ランド」のジュニランドリームライブでは、神宮寺くんがまとめ役を務める機会が多くありました。しかし、神宮寺くんが不在の時は、嶺亜くんがまとめ役を率先して務めていたんですよね。

「ジュニランパジャマパーティー」では、まるでカップルのようなやりとりが展開されて、ザワザワしたこともありました。“じぐれあ”案件は、ふとした瞬間にやってくるので「心の準備ができていない…!」「心臓が持たない…!」なんてファンの方も多いかもしれません。

印象的なエピソードはたくさんあるんですが、やはり「ジャニーズ大運動会2017」(2017年4月16日開催)での障害物バトルは破壊力抜群です。

『そんなコト考えた事なかったクイズ! トリニクって何の肉!? 』での夢のような地上波共演、ドリボでの“じぐれあ”案件などなど、何年もの月日が流れても「また見たいな」というファンの思いが叶う瞬間があって、その破壊力がすさまじくて、「あぁ…じぐれあ…」という言葉にならない思いが溢れてきます。

2人を取り巻く何とも言えない関係性が、ファンのハートをよりくすぐる要素になっているのかもしれません。嶺亜くんにとってのスタートラインであるセクバという場所、セクバとしての活動、神宮寺くんをはじめとするセクバメンバーとの出会いや存在…そうしたものが、嶺亜くんに大きな影響を与えた2つ目のターニングポイントになっていったような印象でもあります。

セクバを取り巻く状況の変化

セクゾデビューから数年は、セクバとしての活動をメインに活躍していきますが、少しずつセクバとしての活動(嶺亜くんに限らず、セクバそのものの活動)は減っていきます。

周囲に新しいグループ・ユニットができるなかで、嶺亜くんを含め、そうしたものに所属しないJr.も多くなっていったんですよね。セクバメンバーのなかにも、ジャニーズから離れて、新たな道へ進む子がたくさんいました。

やりたいことを見つけたら、自分も辞めようと思っていたという嶺亜くん。一緒に切磋琢磨してきた仲間が新たな夢を追いかけて「辞める」となった時に、その真剣な思いに触れたら、引き留めることはできなかったと語っているんですよね。

嶺亜くんのお誕生日は、別れと出会いの季節でもあり、毎年桜が咲く季節でもあります。

咲いたと思うとあっという間に散ってしまう…そうした桜の刹那的な美しさのなかに、切なさや儚さを感じるんですよね。そんな桜の姿を見ていると、どこかJr.の世界、特に筆者としてはセクバの世界と重なり合う部分があるなぁと感じることが多くありました。

セクバを応援してきて、初めて「別れ」というものを経験した時でしょうか。心のどこかにあった「ずっと続いていくんだ」「ずっと見ていられるんだ」という思いが、やっぱり「そうじゃない…」ということに気づかされました。

もちろん、「永遠なんてない」ってちゃんと分かっていたはずですが、いざそういう時が来て初めて、しっかり向き合えたような気がしています。それまでは目を背けていたんだと分かったような気がします。そうした別れを経て、彼らに対して「待って」「行かないで」と思うことも多くなりました。

ファンとしては「ずっと頑張ってほしい」「いつか必ず報われてほしい」という思いがあります。でも、変わっていくのが当たり前というJr.の厳しい世界では、願いが届くこともあれば、届かずに終わってしまうこともあるんですよね。

彼らにとっては、選択を迫られる瞬間があったり、自分の将来としっかり向き合わなきゃいけない瞬間があったり…かつての仲間が違うフィールドで活躍している姿を見たときに、「ジャニーズであることが全てではないんだ」と思ったような気がしました。

それは、「辞める」という決断したメンバーの熱い思いに触れて、嶺亜くんが引き留められなかったというエピソードを通じても強く感じます。

キンプリのデビュー

2018年5月には、セクバとして活動を共にしてきたメンバーがキンプリとしてデビュー。

一緒に頑張ってきた仲間がデビューしたことに、「めちゃくちゃ嬉しかった」「誇らしかった」と嶺亜くんは語っているんですよね。“じぐいわ”のもとへ行き、ハグをして「おめでとう」と伝えたというエピソードもあります。

仲間のデビューに喜びを爆発させる一方で、周囲からは「嶺亜は悔しくないの?」なんて問いかけをされたという嶺亜くん。誰かのデビューが決まれば、悔しさをにじませるJr.のほうが多いのかもしれません。嬉しさよりも悔しさのほうが勝るのかもしれません。ただ、嶺亜くんは違ったんですよね。

努力もせずにチャラチャラしている子がデビューすれば、それは腹が立つかもしれないと嶺亜くんは話していました。でも、6人の頑張りを知っていて、リスペクトする気持ちがあるからこそ、悔しさよりも嬉しさや誇らしさが勝っているのかもしれません。

特に、セクバの初期から苦楽を共にしてきたメンバーに対しては、一緒にいた時間が長いからこその強い思いがあるような気がしています。

セクバの最年長として、常に汗を流しながら全力投球をしてきた岸くん
「デビューする」という言葉を口にして、セクバを牽引してきた神宮寺くん
心に色んな思いを抱えながらも、それをはねのけてどんどん強くなっていった岩橋くん

そうした姿を近くで見てきた嶺亜くんだからこそ、デビュー=純粋に「嬉しい」「おめでとう」の気持ちが溢れ出してきたのかもしれません。

ショックだった“辞めないで”という言葉

キンプリのデビューが決まった時には、「辞めないで」というファンレターが多く届いたそうで、本人はショックだったと振り返っているんですよね。メッセージを受けて、自分はそんなに弱くないんだとも話していました。

ただ、セクバとしての歩みを見てきたファンが、そうしたメッセージを送りたく気持ちもすごく分かります。セクバ初期メンバーに目を向けると、嶺亜くんの周りはデビューしているか、ジャニーズとは別の道へ進んでいるかの2択に絞られてしまうんですよね。

入所後すぐにハードなスケジュールをこなしていたため、露出が減っても「初めてゆっくりできているかもしれない」なんて、ロングバケーション気分を楽しんでいた姿が印象的でした。ただ、嶺亜くんの歩みをたどっていくと、やはり「悔しい気持ち」や「焦り」もあったような気がしています。振り返ると、立ち位置が後方や端になったり、雑誌に載らなかったり、少クラ(少年収)に呼ばれなかったりしたこともありました。

嶺亜くん自身もジャニーズJr.という世界がどういうものかを分かっていて、自分を含めて浮き沈みを経験する子が出てくるだろうと話していたことがあったんですよね。

そうしたなかで、嶺亜くんが思ったこと。それは、自分が諦めてしまうことで、同じように浮き沈みを経験した子も諦めてしまう…そうなってしまうのは絶対に嫌だということでした。

一度、外れてしまったらダメなんだ…。

そう思われたくない、そう思ってほしくない嶺亜くんなりの強い気持ちがあったんですよね。

そして何より、一人じゃなかったからここまで来れたんだということ、今ここにいるんだということを話す姿が強く印象に残っています。本人が「ここからジャニーズJr.の中村嶺亜がはじまった」と話すセクバ時代、そこでの出会いや出来事が本当に大きなものだったんだと改めて感じられたような気がします。

かつて自身の長所・短所を「マイペース」と書いていたように、嶺亜くんはどこまでも嶺亜くんらしさを貫いているなぁと感じることが多いです。しかし、単にマイペースというわけではなくて、心の奥底には熱い思いが隠されているんですよね。

「強さ」を感じる嶺亜くんの発言に触れて、どこか安心してしまう部分もあります。ただ、ジャニーズでいてくれることを当たり前と思わずに感謝しなければいけない、今の時間や輝きを大切にしたいという思いを忘れてはいけないなぁとも感じます。

それは、セクバという世界を見てきたからこそ、セクバから羽ばたいていったメンバーを見てきたからこそ、強く感じることでもあります。

嶺亜くんの姿を見て、かつてセクバとして切磋琢磨してきた仲間も、後輩のJr.たちも、7 MEN 侍のメンバーも、ファンも本当に励まされること、救われることがたくさんあるはず。かけがえのない大きな存在だからこそ、アイドルでいてくれることに対する感謝の気持ちをもっともっと強く持ちたいなぁという思いが込み上げてきます。

次ページからの記事後半では、7 MEN 侍・中村嶺亜くんの魅力をたっぷりとご紹介! 嶺亜くんが思い描くアイドル像や、嶺亜くんならではの流儀、安心感や信頼といったものにスポットを当てていきたいと思います。また、検索サジェストで話題になる「中村嶺亜 石油王」についてもご紹介していきます。

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