Travis Japan(トラジャ)松倉海斗プロフィールまとめ!松松なくして語れない“まつく”の魅力とは?

笑顔の花を咲かせ、私たちにたくさんの元気・パワーを届けてくれるTravis Japan(トラジャ)松倉海斗くん。彼のこれまでの歩みに目を向けると、変わるもの・変わらないもの…そのどちらにも、松倉くんの魅力がたくさん隠れていることに気づかされます。今回は、Travis Japan(トラジャ)松倉海斗くんのプロフィールやエピソード、松松語りを交えつつ、まつくの魅力に迫っていきます。

Travis Japan(トラジャ)松倉海斗プロフィールまとめ!松松なくして語れない“まつく”の魅力とは?

Travis Japan(トラジャ)松倉海斗くんのプロフィール・魅力が知りたい!

たくさんの笑顔を輝かせ、私たちに元気・パワーを届けてくれるTravis Japan(トラジャ)松倉海斗くん。入所当時、中学生だったまつくも、気づけばハイボールを飲み、車を運転し、一人で海外旅行にまで行ってしまうぐらい大きく成長しました。

ジャニーズとしての歩みに目を向けると、変わるもの・変わらないもの…そのどちらにも松倉くんの魅力がたくさん隠れているんですよね。そしてそして、まつくを語る上では、運命のパートナー・松田元太くんの存在を欠かすわけにはいきません。

今回は、Travis Japan(トラジャ)松倉海斗くんのプロフィールやエピソードをご紹介しながら、その魅力に迫っていきます!

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Travis Japan(トラジャ)松倉海斗くんの基本プロフィール


(画像:PhotoAC)

まずは、Travis Japan(トラジャ)松倉海斗くんの基本プロフィールをご紹介していきます!

名前 松倉 海斗(まつくら かいと)
誕生日 1997年11月14日
出身地 神奈川県
血液型 O型
身長 163cm
あだな・ニックネーム まつく
兄弟 妹(4歳下)
入所日/入所時の年齢 2010年10月30日/12歳
同期 ※同日入所 宮近海斗・中村海人(Travis Japan)、佐藤勝利(Sexy Zone)、岩橋玄樹・神宮寺勇太(King & Prince)、目黒蓮(Snow Man)、原嘉孝、根岸葵海、今村隼人
憧れ/尊敬する先輩 堂本剛(KinKi Kids)、二宮和也(嵐)
メンバーカラー オレンジ

ドラマの出演経歴

SHARK~2nd Season~(2014年4月~7月放送)日本テレビ 今野南 役
お兄ちゃん、ガチャ(2015年1月~3月放送)日本テレビ ニコ 役


入所理由は?

2010年10月30日、中学1年生の時にジャニーズ事務所へ入所した松倉海斗くん。2009年に行われた嵐のデビュー10周年記念ツアー『ARASHI Anniversary Tour 5×10』を見たこと、そこで嵐の5人がキラキラと輝く姿に感動し、いつか自分も同じステージに立ちたいという思いが芽生えたんですよね。

「スーパーアイドルになりたい!」という強い意志を持って、自分で履歴書を送付。ここから、まつくのジャニーズとしての歩みがスタートします。

同期のメンバーは?

松倉くんの同期には、同じくTravis Japanのメンバーとして活躍する宮近海斗くん・中村海人くんをはじめ、Sexy Zoneの佐藤勝利くん、King &Princeの神宮寺勇太くん・岩橋玄樹くん、Snow Manの目黒蓮くん、原嘉孝くん、根岸葵海くん、今村隼人くんがいます。

同期メンバーのプロフィール記事でもすでにご紹介していますが、“ちゃかちゃん”こと宮近くんが「こんなに入れたことない!」とスタッフさんに言われたエピソードがあるほど、たくさんのJr.が入所したオーディションとしても知られているんですよね。

オーディション当日は集合時間ギリギリになってしまったそうで、走って会場へ向かったというエピソードもあります。

この時のオーディション曲は、Hey! Say! JUMPの『「ありがとう」~世界のどこにいても~』。この曲は、同年の東西歌合戦のほか、少クラ初ステージ(2011年1月21日放送)で踊った楽曲でもあります。

2010年10月30日入所組の多くは「ジャPAニーズHi!」というユニットに所属しており、松倉くんもまた、その一員としてキラキラと存在感を放っていた印象でもありますね。

ジャパハイの代表的なステージとして挙げられる『マルイチカラ』(2011年2月4日放送)でも、まつくの初々しいパフォーマンス姿を楽しむことができます。

オーディション時のエピソード

松倉くんは「Jr.になれた理由」として、オーディション時の“ある思い出”を挙げていたことがありました。200~300人ほどの参加者がいたというオーディション。そのなかで必死に踊り、前列に入れてもらえたこと…それが深い思い出として心に残っているようです。

ここでの経験・思い出を起点として、「しゃかりき」と呼ばれるダンスが確立、洗練されていったと言えるかもしれません。ここからは、いくつかのテーマに分けて、松倉くんの足跡をたどっていきたいと思います。

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Travis Japan(トラジャ)松倉海斗くんの歩み~しゃかりき期~


(画像:PhotoAC)

松倉くんの発言をもとに、「ダンス」という視点で“松倉年表”を作成すると、『しゃかりき期』→『パッション期』→『シンクロ期』の大きく3つに分けることができそうです。『しゃかりき期』は、『セクバ期』とも言い換えられるかもしれませんね。

松田元太くんのプロフィール記事と同じような展開になってしまうんですが、やはり松倉くんを語る上でも、「セクバ」としての歩みや経験、そして何よりも、“運命的なシンメ”との出逢い・歩みを欠かすわけにはいきません。

セクバの誕生

2011年11月16日、松倉くんが14歳のお誕生日を迎えた直後にSexy ZoneがCDデビュー。そのバックについて踊るJr.たちは、ファンの間で「セクバ」と呼ばれるようになります。「今日のセクバは…」といったように、バックについているJr.を「セクバ」と呼ぶこともありましたが、初期の「きしっくす」や「神7」に代表される、セクゾのバックについている固定メンバーを「セクバ」と表現することも多くなっていった印象です。

セクゾのバックについているかどうかは関係なく、彼らがメインとなって披露されるステージであっても、「セクバのパフォーマンス」という認識が強くなっていった感じでもあります。

セクバとしての出発

松倉くんを語る上で『セクバ期』を欠かすことはできませんが、実は、セクゾデビュー時から「セクバ」として活動していたわけではないんですよね。

少クラを見ると、分かりやすいかもしれません。デビュー曲『Sexy Zone』も、はじめはMV出演Jr.が中心となってバックについている印象がありました。ただ、2012年に入ってからは、『Sexy Zone』=松倉くんがいること、もっと言えば、松松がそろっていることが当たり前のようになっていくんですよね。

初期のセクバメンバーと一緒にステージに立つことも多くなり、松松がシンメになったことで、セクバとしての認識がより強固なものになった印象でもあります。

しゃかりきな姿勢

入所したての頃は、なかなか出番に恵まれなかったという松倉くん。とにかく“しゃかりき”に頑張っていたそうで、ある日、そのダンスがジャニーさんの目に留まったんですよね。

ジャニーさんからは、自身のダンスについて「アメリカンだよ!」「最高だよ!」と声をかけてもらったのだそう。それがきっかけとなり、松松シンメの誕生、セクバとしての活躍につながっていったと本人も振り返っています。

当時は、「アメリカン」の意味を深く捉えてはいなかったようですが、後に深く考えを巡らせることがあったという松倉くん。“しゃかりき”に頑張る姿にパッションのようなものを感じ取ってもらって、だからこそ「アメリカンだよ!」という言葉をかけてもらったのかなと考えているようです。

「アメリカン」には色んな解釈があると思うんですが、Travis Japanの一員として活躍する現在も、ダイナミックなダンスはもちろん、例えば発言だったり、リアクションだったり、服装だったり…色んな場面・瞬間で、「アメリカンだなぁ」って感じることって多い気がするんですよね。

入所当時の「アメリカン」とは少し違うのかもしれませんが、年齢を重ねていくにつれて、松倉くんにピタッとはまっていく表現になっていく感覚がより強くなっているような気がします。履歴書の写真を見ただけで10年後の顔が分かるというジャニーさん。10年後に、松倉くんがより洗練されたアメリカンになっていることも分かっていたのかもしれません。

『しゃかりき期』=『セクバ期』とご紹介しましたが、オーディション時も含め、“しゃかりき”に頑張ってきた松倉くんのエピソードに触れると、セクバになる以前から『しゃかりき期』はスタートしていたのかな…なんて思ったりもします。

ただ、「ダンス」という視点で見れば、やはり『しゃかりき期』=『セクバ期』なのかもしれません。ということで、筆者は入所~セクバになるまでの時期を、『先しゃかりき期』と勝手に呼んでいます。

しゃかりきの意味

セクバになるまでは“しゃかりきな姿勢”で頑張っていた松倉くん。セクバになってからは、その“しゃかりきな姿勢”が、ダンスに強く乗り移ったような気がしています。

先ほどご紹介した、『「ありがとう」~世界のどこにいても~』のダンスを見ると、松倉くんらしい躍動感みたいなものを感じる瞬間はあるんですが、まだ“しゃかりきダンス”という感じではないんですよね。

岸優太くんの記事でもご紹介しましたが、岸くんのダンスは、周囲のJr.たちから「元祖しゃかりき」なんて表現されていたことがありました。その岸くんに「引っ張られて…」という言い方が正しいかどうかは分かりませんが、セクバにはガシガシ踊る子が多かった印象でもあります。

セクバとの出会いが、松倉くんをより“しゃかりきダンス”の方向に加速させたとも言えるかもしれません。ただ、「誰を起点として」というよりは、みんなで刺激し合って、高め合って…といった印象が強いような気がしています。

しゃかりきの本質

松倉くんをはじめ、セクバの子たちを見ていると、そもそも「“しゃかりき”とは何なのか?」と考えてしまうことって多かった気がします。

辞書的な意味で「しゃかりき」を考えると、特にセクバ界隈では、あの子もしゃかりき、この子もしゃかりき…となってしまっていた気がするんですよね。でも、それでは物足りないような、もったいないような…何となくモヤモヤした感じがありました。

ただ、応援していくうちに、言葉が本来持っている意味では言い表せないものがあると気付かされたんですよね。セクバが、単なる「セクゾのバックで踊るJr.」ではないように、松松シンメが、単なる「シンメトリーの位置で踊る2人」を指す言葉ではないように、そこにしかない輝きや魅力が凝縮されているんだという思いが強くなっていきました。

単なる言葉ではなくて、唯一無二のブランドのようなものなのかもしれません。松倉くんを語る上で欠かせない「しゃかりきダンス」という言葉も、「こういう踊り方だから」と片づけられるような単純なものではないんですよね。

しゃかりきに隠されているもの

筆者は後になってから気づいたんですが、松倉くんの踊っている姿を見て、「小さい頃からダンスを習っていたんだろうな…」と勝手に思い込んでいました。

ただ、ジャニーズに入るまではダンス未経験だったという事実…。筆者は、ダンス中のまつくよりも大きな口を開けて驚きました。

ダンス未経験ということを知ってからまつくのダンスを見ていくと、そのすごさがじわじわと押し寄せてくるような感覚でもあります。

もともと持っているセンスが高いことはもちろんですが、やはり相当努力してきたんだろうなぁと感じる瞬間って多くあるんですよね。コンサートの合間に他のJr.たちがゲームをしているなかでも、松倉くんはひたすら練習時間に充てていたというエピソードもあります。

これまでの歩みのなかで、どれだけの汗と涙を流してきたか…その全てを知ることはできません。しゃかりきダンスで道を切り開いてきたことはもちろんですが、その“しゃかりきな姿勢”、そこから繰り出される“しゃかりきダンス”には、様々なストーリーやオンリーワンの魅力が凝縮されています。

Travis Japan(トラジャ)松倉海斗くんの魅力


(画像:PhotoAC)

「汗と涙」というキーワードが出てきたので、個人的に印象に残っているまつくの涙をはじめ、様々なエピソードをご紹介しながら、まつくの魅力にもう少し迫っていきたいと思います。

悔し涙に隠された魅力

かつて、自身の短所について「心配性」と語っていたり、悩んだり凹んだりして考え込んでしまうことも多いと話していた松倉くん。ステージやテレビなどで見せるニコニコとした表情、周囲を明るく照らすような雰囲気、笑いの3段活用、その第3段階と言われる「あははは!」という高い声が響き渡る空間からは、あまり想像できないような発言だった気がします。

かつての松倉くんは、雑誌などを通じて「涙エピソード」が発信されることはあっても、ファンの前ではほとんど涙を見せることがなかったんですよね。ただ、「ガムシャラ!」の夏祭りで、チーム「者」の一員としてファンカッションに奮闘した2014年夏。なかなかうまくできない状況に、悔し涙を流す松倉くんの姿がありました。

いつも・どんなときも笑顔を絶やさないようにしていると語り、表では涙を見せないようにしていると語っていた松倉くん。そんな彼がカメラの前で見せた涙には、何と言えばいいでしょうか…うまく言葉にできませんが、ジャニーズに捧げるまつくの決意・覚悟のようなものを強く感じた記憶があります。

まつくの涙=「悔し涙」が多いこと、その悔し涙の奥にある思いに迫るだけでも、まつくの魅力はこれでもか!というくらい見えてくる気がします。

マイナス同士のかけ算

真面目さや繊細さも、まつくならではの魅力。かつて放送されていた「ジャニーズJr.ランド(ジュニラン)」では、収録中にスタッフのもとへ駆け寄り、「俺、今日元気ないですか?」「もう少し元気にやったほうがいいですか?」と聞いたというエピソードがあったりもします。

思えば、出番が減ったり、立ち位置が下がったりするだけでも悩んでしまうと語っていたことがありました。振り覚えが遅いことを悩みとして挙げていたこともありました。

ただ、「心配性」で「ネガティブ」な一面を持っている一方、「頑固」で「負けず嫌い」な一面もあって、マイナスの出来事や感情をエネルギーに変えられる「強さ」があるんですよね。

マイナス同士のかけ算が「プラス」になる。プラスのものがマイナスとのかけ算によって「マイナス」になったとしても、またマイナス同士のかけ算で「プラス」にできる。松倉くんの原動力は、そうした数式で成り立っているのかもしれません。

同期の佐藤勝利くんが、Sexy Zoneとして先にデビューを果たしたこと…それに悔しさをにじませていたこともありました。ただ、折れずに頑張り続ければ、きっといいことがある!という思いを強く持って、必死にコツコツと頑張ってきたんですよね。

妹とのお菓子争奪戦にさえ負けたくないと語っていたほど、「負けず嫌い」なことで知られる松倉くん。思えば、「ライバルは?」という問いに「昨日の自分」と答えていたこともありました。

何かあるたびに、自分を責めてしまう傾向があるとも語っていましたが、責めて終わりではなくて、それを乗り越えることができる強さを持っているんですよね。

そうした一面を含め、マイナスなことをプラスの方向へ持っていける性格が、彼を前に突き動かしていた部分もあるのかもしれません。

「パッション期」への変化

2015年に舞台「Endless SHOCK」のキャストに抜擢されてから、松倉くんのダンスは『パッション期』へと移行していきます。座長を務める堂本光一くんの姿や言葉から「ダンスの本質」を教わったと語っているんですよね。

歌やドラムの先生、ダンサーの方に色んなことを教わり、「世界観が広がった」とも語っていました。技術的なことに限らず、考え方や人間性に至るまで、多くのものが変化したような感覚があったんですよね。

ダンス=踊るだけではなく、振りや歌詞の意味を大切に考えながらパフォーマンスするようになったと言います。

セクバとしての歩みを見ても、その時期を『しゃかりき期』と表現しているのを見ても、「しゃかりきダンス」に対するこだわりは人一倍強いものがあったと言えるかもしれません。ただ、セクバの状況も変化を見せていくなかで、次第に「しゃかりきだけじゃダメだ」という意識に変わっていったんだなぁということが分かります。

そうしたなかで、SHOCKへ抜擢されたこと。それが、松倉くんにとって本当に大きな出来事だったことは言うまでもありません。さらにさかのぼれば、Sexy Zone松島聡くん、シンメである松田元太くんとの「Sexy松(Show)」としての活動も、かけがえのない経験となったはず。“がむしゃら”に“しゃかりき”に踊っていたという松倉くんが、「見せ方を意識しよう」という思いを強く抱くようになったきっかけが、この「Sexy松(Show)」としての活動なんですよね。

2020年8月12日に、療養中だった聡くんの復帰が発表され、川島如恵留くんをきっかけとして「Sexy松」がトレンド入りしたことも話題となりました。

セク松としての活動が自然消滅していった後も、3人がセク松というユニットやメンバー、そこでの経験を本当に本当に大切にしているんだなあという瞬間がたくさんありました。

セク松の結成当時や、セク松が自然消滅した後は、色んな思いを抱えていたファンの方も多かったかもしれません。ただ、聡くんや聡くん担は松松の存在に救われて、松松や松松担は聡くんの存在に救われて…という場面がきっとあったはず。「Sexy松(Show)」は、3人にとってもファンにとっても本当に大きなものだなぁということを強く感じます。

もうひとつの松松

後ほど松田元太くんとの松松語りをしていきたいと思いますが、「Sexy松(Show)」の話題が出てきたので、ともに97年の11月生まれ、同い年で親友の松倉くん&聡くんのエピソードも少しご紹介したいと思います。

かつて、「性格が似ている」なんてお互いがお互いについて語っていたこともある2人。悩むポイントが似ているようで、そうした部分を含め、性格面でリンクする部分を感じられる瞬間って確かにあるのかなぁということを感じます。

2人の距離がグッと近くなったのは、2013年に行われた「Sexy Zone 新春アリーナコンサート2013 」。リハーサルを通じて仲良くなったという2人ですが、この時に聡くんがずっとずっと胸にしまい込んでいた複雑な思い、誰にも話すことのできなかった思いを初めて打ち明けたのが松倉くんなんですよね。

入所から1年も経たないうちにデビューが決まり、周りのJr.に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったという聡くん。経験豊富なJr.がたくさんいるなかで、自分が先にデビューしていいのか…、デビューしてよかったのか…という思いをずっと抱えていたんですよね。聡くんよりも数か月先輩の松倉くんに対しても、もしかしたら申し訳ない気持ちを持っていたのかもしれません。

そんな聡くんの胸に秘めていた思いを知った松倉くん。セクゾもJr.も大変なことはいっぱいある、だからそれぞれが今できることを一生懸命頑張ろうと声をかけてあげたんですよね。Jr.歴が浅いなかでデビューしたプレッシャーがあることを理解して、そうした思いに寄り添いながら、松倉くんは優しく前向きな言葉をかけたと言います。

思えば、こんなエピソードもありました。

とある日のコンサートの帰り道。2人で一緒に帰っていた時に、ふと松倉くんが「ありがとう」という感謝の気持ちを聡くんに伝えたことがありました。

セクゾのバックで踊れていること、それがとにかく楽しくて幸せだということ…その言葉に「ありがとう」の気持ちを添えて、聡くんに届けたんですよね。聡くんは涙が出そうなほど嬉しかったと当時を振り返っていた記憶があります。

そうした関係性を知っていくと、また違った見方ができるかもしれません。そして、松田元太くんという存在が、松倉くんにとっても、聡くんにとっても、セク松にとっても大きなものなんだということ、絶妙なバランスで成り立っているということも、より強く感じられるような気がします。

セク松やSHOCKでの経験を含め、新たなことへの挑戦、新たな人・ユニットとの出会いが松倉くんを進化させる大きなきっかけとなったことは言うまでもありません。そして何より、松倉くん自身が、絶えず「向上心」を持ち続けて努力し続けられるからこそ、そうした経験や出会いの一つ一つがしっかりと実を結んでいるんですよね。

『しゃかりき期』~『パッション期』への変化は、言い換えれば単に踊るだけではなく、「作品の世界を伝える表現者」という意識を持つようになったとも言えるかもしれません。ジャニーさんの「アメリカンだよ!」発言とも関連する部分だと思いますが、突然パッションが現れたというよりは、「しゃかりき」よりも「パッション」の比重が大きくなっていったような、そんな感覚でもありました。

次ページからの記事後半では、松松についてたっぷりとお話ししていきたいと思います。

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