Sexy Zone松島聡くんのプロフィール&魅力!全国民を深すぎる「聡ちゃん沼」にハマらせたい

Sexy Zone(セクゾ)のメンバーとして、いつも笑顔を輝かせている松島聡くん。天然な一面がクローズアップされがちですが、それだけでは語れない魅力をたくさん持っています。今回はSexy Zone(セクゾ)松島聡くんのプロフィールを総まとめ!一度ハマったら抜け出せない、ディープな「聡ちゃん」沼へようこそ!

Sexy Zone松島聡くんのプロフィール&魅力!全国民を深すぎる「聡ちゃん沼」にハマらせたい

Sexy Zone(セクゾ)松島聡くんのプロフィール・魅力が知りたい!

Sexy Zone(セクゾ)のムードメーカーとして、まぶしい笑顔を輝かせている松島聡くん。2020年8月に1年9か月ぶりの復帰が発表され、「ありがとう」という言葉では足りないくらい「ありがとう」という気持ちが溢れ出し、幸せな気持ちに満たされたファンの方もきっと多いはずです。

復帰後の聡くんの姿を見て、ステージで魅せる大人っぽい雰囲気にドキッとさせられたり、以前と変わらない魅力にほっこりさせられたり…これまで以上に、聡くんの魅力が「これでもか!」というくらい溢れ出しているなぁと感じずにはいられません。

今回は、そんなSexy Zone(セクゾ)松島聡くんのプロフィールを徹底解剖!聡くんの入所~デビュー~デビュー後の歩みを振り返りながら、一度ハマったらもう抜け出せない魅力がぎゅっとつまった、ディープな「聡ちゃん沼」へご案内いたします。

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Sexy Zone(セクゾ)松島聡くんのプロフィール


(画像:PhotoAC)

まずは、Sexy Zone(セクゾ)松島聡くんの基本プロフィールを見ていきましょう!

名前 松島 聡(まつしま そう)
誕生日 1997年11月27日
出身地 静岡県
血液型 A型
身長 167cm
あだな・ニックネーム 聡ちゃん
きょうだい 姉(8歳上)
入所日/入所時の年齢 2011年2月6日or3月20日/13歳
同期 ※2011年2月or3月入所 矢花黎(7 MEN 侍)※2月6日入所、松田元太(Travis Japan)※2月10日入所、菅田琳寧(7 MEN 侍)※3月20日入所
メンバーカラー
座右の銘 流した汗は嘘をつかない

入所理由は?

聡くんがジャニーズという道を歩みだすことになったきっかけ、そこにはHey! Say! JUMP知念侑李くんの存在が大きく関わっています。当時ジャニーズJr.だった知念くんも出演していた「NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE」(2004年)を見たことが、ジャニーズに興味を持つ最初のきっかけとなった聡くん。この作品は、知念くんが受けたジャニーズのオーディションと並行して、キャストの選考が行われていたことでも知られています。

もともと嵐の大野智くんに憧れて、「ダンスがやりたい!」という思いで入所を決めた知念くん。そのため、ダンスとは異なる『NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE』のオーディションは「参加したくない」と抵抗したのだそう。ただ、周囲にうまく丸め込まれてしまい、最終的には主要キャストに抜擢されました。

もし知念くんがこのオーディションを辞退していれば、この作品のキャストに抜擢されていなければ、聡くんのジャニーズに対する興味の入り口がまた変わっていたのかもしれません。このあとSexy Zoneメンバーとの関わりについてもご紹介していきますが、聡くんの歩みや周りの人との出会いのなかには、運命的だなぁって感じる瞬間が多いんですよね。

24時間テレビに出演した際のエピソードとして、知念くん=自分の人生を変えてくれた人だと聡くんが話していたこともありました。それぐらい大きな出会いだったんですよね。

『NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE』を見た段階で「知念くんに憧れた」というよりは、この映画が「ジャニーズに興味を持つきっかけ」となって、後に知念くんに憧れを抱くようになっていったイメージと言えるかもしれません。小学校中学年~高学年になる頃には、ジャニーズのメンバーに会えるコンサートにも興味を抱くようになり、コンビニや本屋さんへ足を運んで、アイドル雑誌をチェックするようになっていきます。

そうしたなかで、小学4年生のときにコンビニで見た雑誌…そこに当時Hey! Say! 7だった知念くんが載っていたそうで、ここから知念くんに対する憧れや、「こんな人になりたい!」「ジャニーズに入りたい!」という気持ちが加速していきます。雑誌に載っていた知念くんは、とにかくキラキラしていたという聡くん。そこから、お姉さんに色々と教えてもらうようになり、知念くんが同じ静岡県出身であることを知り、強火知念担になっていきます。

ちなみに、2人はともに11月生まれ(3日違い)でもあるんですよね。

履歴書を2度送っている…?

2011年2月、中学1年生の終わりにジャニーズ事務所へ入所している聡くんですが、実は小学5年生の時にも履歴書を送っています。一度目の応募では連絡がなかったため、中学へ入学してから再度履歴書を送っているんですよね。

「どうしても入りたい!」という熱意を伝えるべく、二度目の応募では溢れんばかりの思いを手紙に書き連ね、履歴書に添付したのだそう。アイドルへの憧れ、その熱く強い思いが通じ、見事オーディションを勝ち取ることとなります。

オーディションへ参加するために、静岡から東京へ新幹線で向かった聡くん。その車内では、「はっきりと大きな声で!」といったメモをとりながら、気持ちづくりをしていたというエピソードもあります。聡くんの性格を踏まえると、当時のそういった光景が何となく想像できちゃうなぁと感じてしまうんですよね。聡くんらしさを感じるエピソードの一つと言えるかもしれません。

ちなみに、聡くんの入所日として「2011年2月6日」と「2011年3月20日」の2つの日付が挙がります。聡くん自身は、初めて少年収に呼ばれた3月を入所日と思っていたようですが、セクゾメンバーからの指摘などもあって、2011年2月6日入所と捉える見方もあるようです。

同期として名前が挙がるメンバーには、2月6日入所の矢花黎くん(7 MEN 侍)、2月10日入所の松田元太くん(Travis Japan)、3月20日入所の菅田琳寧(7 MEN 侍)などがいます。

運命のオーディション曲

聡くんのオーディション曲は、後にSexy Zoneの楽曲となる『スキすぎて』の原曲だったことで知られています。当時は、「風を集めて舞い上がろう~♪」という歌詞のダンスナンバーだったのだそう。

数か月前(2010年10月30日)に入所していた佐藤勝利くんが、聡くんを含めたオーディション組にダンスを教えていたそうで、これが「しょりそう(勝利・聡)」の初めての出会いの場でもあります。

当時、ドル誌を毎月のようにチェックしていた聡くんにとって、勝利くんは「雑誌で見たことがある人」。そんな勝利くんにオーディション曲を教わり、後にSexy Zoneとして一緒にデビューして、オーディション曲が巡り巡って自分たちの曲になる…すごく運命的なストーリーですよね。

実は、聡くんが入所するきっかけとなった知念くんと初めて会ったのも、(一方的にではありますが)このオーディションの時だったりします。

ふまけんと同期だった可能性も…!

もし、聡くんが小学5年生の時にオーディションへ呼ばれていたら、ふまけんと同期だった可能性もあります。そうなっていたら、おそらく今のSexy Zoneというグループは生まれていなかったはず。

健人くんがオーディションではなく陸上大会を選んでいたら…
風磨くんの家のFAXが壊れたままだったら…
勝利くんが親子丼につられていなかったら…
マリウスくんが税関に無理やり止められていたら…

メンバーの入所時のエピソードを知れば知るほど、Sexy Zoneは、色んな運命が重なってできたグループとも言えるかもしれません。聡くんもまた、知念くんと出会っていなければ、履歴書を2度送って長文の手紙を添えていなければ、4人と出会うことはなかったはず。そして、入所から約9か月後にデビューすることを考えると、「このタイミングでなければ」と考えることもできるかもしれません。

Sexy Zone(セクゾ)松島聡くんの歩み


(画像:フリー素材「写真AC」

オーディション~入所直後

オーディションでは、『勇気100%』の歌唱を披露したという聡くん。それがオーディション合格をつかむ1つの決め手となったんだろうなぁ…ということは容易に想像できますよね。Sexy Zoneとしてデビューした後に、『勇気100%』のソロパートを歌っていることを考えても、オーディション時のインパクトは相当だったんだろうなということが分かります。

そうしたこともあって、Jr.を含めた事務所内では「歌がめちゃめちゃうまいやつが入ってきた!」「ビブラートのすげーヤツが来た!」と話題になり、ザワザワしたというエピソードもあるんですよね。

オーディションから2か月後の2011年4月には、すでに「ザ少年俱楽部」のステージに立っていた聡くん。Jr.として活動していた時の立ち位置を見ると、本当にいい位置で踊っているなぁという印象が強いかもしれません。

思い出の曲『マルイチカラ』

これまで、勝利くんをはじめとする2010年10月30日入所組のプロフィールで何度もご紹介してきたんですが、この時に入所したメンバーの多くは「ジャPAニーズHi!(ジャパハイ)」というユニットに所属していました。

ジャパハイは、岸優太くん(King & Prince)や中村嶺亜くん(7 MEN 侍)、橋本涼くん・井上瑞稀くん(HiHi Jets)といった2009年入所組も名を連ねていましたし、聡くんをはじめ、マリウスくんや元太くんなどの2011年入所組(マリウスくんは2010年入所という考え方もあります)も名を連ねていました。

ジャパハイの代表的なステージの一つとして、少クラの『マルイチカラ』(2011年2月4日放送)をご紹介してきたんですが、これは聡くんが入所する前に披露されたものなんですよね。

その3か月後の少クラ(2011年5月13日放送)でも、ジャパハイを中心とするメンバーは『マルイチカラ』を披露しています。このステージは聡くんが入所してから披露されているものですが、驚くべき点は、2月4日に披露された時の中心メンバー4人に、聡くんが新たに加わっていること。

新たに加わっているのが聡くん含め2人(もう1人は、現ホリプロの男性ボーカルグループ「WATWING」に所属している髙橋颯くん)ということを考えても、このステージに全体で40名ほどのJr.がいることを考えても、本当にエリート街道まっしぐらという感じだったことが分かると思います。

この『マルイチカラ』は、聡くんが思い出の曲として挙げていて、初めて勝利くんと一緒に歌った曲でもあると話していたことがありました。

この時の聡くんを見ると、入所間もないステージとは思えないくらい「すごくアイドルっぽいなぁ」と感じるんですよね。

入所前から雑誌をチェックしていたこともあって、聡くん自身が考えるアイドル像が体現されていると言えばいいでしょうか…。堂々としていて、こなれていて、笑顔を見せていて…アイドルになるべくしてなったということが分かるような、そんなステージの一つとも言えるかもしれません。

ファン目線でジャニーズを追いかけていた時期があるからこそ、今も昔もファンに寄り添う姿勢だったり、ファンに対する思いやりがより強く描き出されている部分も大きいような気がしています。ファン用語を使ったり、魂レポ・舞台レポがジャニオタ顔負けの高品質だったり…そういった一面も、入所前からファンの視点を持っているからなのかもしれません。

デビューまでの動き

2011年6月には「MUSIC STATION」でHey! Say! JUMPの『OVER』のステージにバックJr.として出演。憧れの先輩である知念くんと同じステージに立ちました。

バックと言いつつ、曲の後半はちびーず(勝利くん・聡くん・マリウスくん)の3人を含む数名のJr.が前に出て踊っていて、かなり推されているなぁという印象があったかもしれません。7月にはSexy Zoneの原点とも言える『With you』が少クラでも披露されていて、ふまけんとちびーずがすでにメインメンバーとしてステージに立っていました。

8月からスタートした「SUMMARY 2011 in DOME」でも、健人くん・勝利くん・聡くん・マリウスくんを含むメンバーで『With you』が披露されています。

Sexy Zoneのデビューにあたっては、メンバーの選考が二転三転したというエピソードもあります。そして、5人のメンバーが決定したのは結成発表の4日前でした。

本人たちにデビューの意識がなかったことはその通りだと思いますが、特に7月あたりからの動きを見ていると、デビューへ向けたメンバー選考、静かで激しい競争が繰り広げられていたんだなぁということが分かるような気がします。

「Sexy Zone」の結成発表

そして、9月29日に帝国劇場で行われた記者会見で「Sexy Zone」の結成が発表されます。聡くんは入所からわずか7か月で結成発表&CDデビューが決まり、1年満たない状況でのデビューとなりました。

聡くんは「ジャニーズ事務所に入ること」を人生における大きな目標として掲げていたんですよね。その夢を叶えて間もないうちにCDデビューが決まってしまい、本人は「嬉しさ」や「不安」といった感情よりも、とにかく頭が真っ白だったと振り返っています。

Jr.歴が短いなかでデビューしたちびーずの3人、「B.I.Shadow」として活動してきたふまけん…それぞれが焦りや戸惑い、不安などを抱えていたことは、後の発言などからもうかがい知ることができます。

聡くんは、デビュー後もずっと「周りのJr.に対して申し訳ない」という気持ちでいっぱいだったと振り返っていたことがありました。自分よりも歴が長いJr.がたくさんいる状況のなかで、先にデビューしてしまうこと、先にデビューしてしまったことへのモヤモヤを抱えていたんですよね。

ただ、メンバーやセクバのメンバーなど、周りの仲間に支えられ、励まされながら、Sexy Zoneとして歩みを進めていきます。こうしたエピソードはTravis Japan松倉海斗くんのプロフィール記事でもご紹介していますので、読んでいただけると嬉しいです!

お父さんのサポート

デビュー後も、2013年の夏までは静岡から新幹線で通っていた聡くん。東京から静岡へ帰る際には、寝過ごして名古屋まで行ってしまったこともたくさんあったのだそう。新幹線から電車へ乗り継いだ後も、寝過ごしてしまうことがあったと言います。

とにかくお父さんに怒られまくったという聡くんですが、夜の11時を過ぎていても、お父さんは名古屋まで車で迎えに来てくれたんですよね。寝過ごすことが多かったことから、お父さんもいつしか車で待機するようになっていたというエピソードもあります。

そうした家族の支えがあったことも、今の聡くんの輝きにつながっていることを忘れてはいけないなと強く感じます。

格差と3人体制

2013年の夏に上京した聡くんですが、当時は衣装やジャケ写などをはじめとして、様々なシーンで聡マリの扱いがクローズアップされていた時期でもありました。

2014年には、現Travis Japanの松松(松倉海斗くん・松田元太くん)とともに「Sexy 松(Show)」の結成が発表されました。同年夏に行われた「Sexy Zone Summer Concert 2014」の神戸公演では、聡マリ出演の「ガムシャラSexy 夏祭り!!」と日程と重なっていたことでザワザワしたこともありましたね。

10月に発売された7thシングル『男 never give up』からは、3人体制での活動がメインになることが発表され、2012年の夏~秋ごろから続いていたモヤモヤが、はっきりとした「3人体制」という形で示されることとなります。

ファンの1人として筆者が感じていたこと。「Sexy 松(Show)」の結成というのは嬉しい気持ちがあった反面、やはり何とも言えない複雑な思いが渦巻いていた記憶があります。ただ、当時はプラスに捉える余裕がそこまでなかった気がするんですが、今振り返ってみると、本当に最高のタイミングで「Sexy 松(Show)」が結成されたのかなと感じるんですよね。

同期でオーディションから一緒だった元太くん、聡くんが初めて心に閉ざしていた思いを打ち明けた親友である松倉くん…そんなかけがえのないメンバーと組めたことも、本当に最高の形だったのかなと感じます。

聡くんがセク松として活動した日々を「宝物」と表現していて、松松の2人を「恩師」と語っていることからも、本当になくてはならない時期だったんだと今は強く強く感じるんですよね。

この活動があったからこそ、聡くんにとってはSexy Zoneとしての「今」があって、松松の2人にとってはTravis Japanとしての「今」がある…そう言っても過言ではないくらい、たくさんのことを得たんだなということが、彼らの発言からも分かります。

3人体制の時の聡くんの思い

3人体制だった時の5人の思いは、当時には分からなかったこと、伝わらなかったこともたくさんありました。ただ、後に振り返っている彼らの思いに触れると、辛かったのはファンもメンバーも同じなんですよね。

同じ思いだったことは、今考えると当たり前のことなのかもしれません。ただ、当時は行き場のない思いがマイナスの感情や言葉になって、メンバーに向けられていた部分もあったような気がしています。それは、勝利くんのソロ曲『Last winter’s night』だったり、5人が作詞を手がけた『STAGE』の歌詞に目を向けても強く感じられるかもしれません。

聡くんもまた、「つらかった」「きつかった」という思いを抱えていたと振り返っていますが、それよりもとにかく3人が悪く言われたり、悪く思われたりしていないかということが心配だったと話しているんですよね。こうした発想になってしまうのは、聡くんならではと言えるのかもしれません。

どんなに悲しくても、どんなにつらくても、周りにそう思われたくないという一心で、人前では泣かないようにしていたという聡くん。ただ、STAGE魂のオーラスで泣き崩れる姿を見たときに、この長くつらい冬の時期に、どれだけの思いを抱えて、どれだけの涙を堪えていたのかが分かるような感覚でもありました。

マイナスの気持ちが渦巻く状況のなかでも、聡くんがくじけることなく歩みを進められた理由。聡くんの発言を紐解いていくと、ファンの方々の存在はもちろんですが、やはりセクゾのメンバーの存在が大きかったんだなぁということが分かります。この期間、心細い気持ちになってしまうこともあったようですが、メンバーのみんなが自分のことをしっかり見て、しっかり考えてくれていたこと、常に気にかけてくれていたことで安心感につながったと振り返っているんですよね。

5人体制での再出発

2015年の12月に、10thシングル『カラフル Eyes』で5人体制へ戻ったSexy Zone。聡くんもまた、たくさんの経験を経たことで、「仕事に対する姿勢が変わった」「顔つきが変わった」とメンバーに言われるようになっていきます。

「10代のうちにドラマに出たい」という夢を20歳の誕生日直前に叶え、2018年には配信ドラマ「ゼロ 一獲千金ゲーム」にも出演。21歳の誕生日前日には「スカッとジャパン」の「ショートショートスカッと」にカフェ店員役として初出演も果たしましたね。

バラエティでも爪痕を残し、セクゾファンはもちろん、ファンではない方にもその一生懸命な姿が届いているんだなと感じる瞬間、本当にたくさんの方から愛されているんだなと感じずにはいられない瞬間がたくさんありました。

パニック障害による活動休止

しかし、2017年にちょうど20歳の節目を迎えたあたりでしょうか。この頃から体調を崩し始めてしまったそうで、2018年11月28日、聡くんの21歳のお誕生日翌日にパニック障害による活動の休止が発表されました。

5人で再出発を果たしてから、幸せな気持ちと連動するように、悩んでいくことも多くなっていったと話していた聡くん。20代がスタートした時にも、これから歩んでいく未来は、楽しみよりも不安が大きいと話していたこともありました。

これまでにご紹介した歩みからも何となく分かるように、もともと気にしすぎる性格だという聡くん。活動休止を受けて改めて当時の発言や思いに触れてみると、20歳という節目を迎えて、これまで以上に色んなことを考えすぎるようになってしまったのかな…と感じる部分もありました。

いつも何事にも一生懸命で、真面目で繊細で、優しさや思いやりに溢れている聡くんだからこそ、そうした思いが出てきてしまうのかもしれません。

もちろん、当時は笑顔を絶やさない聡くんの姿から想像のできない出来事ではありました。1年前から体調を崩していた状況でありながら、活動休止の直前まで、きっと長い冬の時期と同じように、つらさを少しも見せずに一生懸命頑張っていたんですよね。

活動休止という苦渋の選択へ至った「悔しさ」や「つらさ」をにじませつつも、ファンのみんなを「悲しい」「つらい」という気持ちにさせたくない…そう願う、聡くんならではの優しさがにじみ出ていると言えばいいでしょうか。発表のタイミングや、直筆のメッセージに込められた言葉などを見ても、本当にどこまでも彼の人柄が出ているような印象がありました。

Sexy Zoneの一員としてもっと自分を高めていきたい、もっと自分を磨いていきたい…そんな強い思いを抱き、デビュー当時からこれまで本当に無我夢中で駆け抜けてきた聡くん。

突然の出来事に、状況を受け入れるまでに時間のかかったファンの方も多いかもしれません。ただ、少しずつ「時には立ち止まって、ゆっくり休んでね」というメッセージを送ってあげたくなるような、そんな温かく優しい色に染まっていったような印象でもありました。

「ただいま」「おかえり」と言える日まで

聡くんが活動休止してからも、聡くんに対するファンの思い、メンバーの聡くん対する思いは絶えず灯り続けていました。活動休止している状況のなかでも、聡くんを近くに感じられる瞬間って多かったような気がします。

メンバーもファンも、「ただいま」「おかえり」という何気ない会話が交わされる日を願って待ち続けていました。聡くんがセクゾのメンバーであることが当たり前だからこそ、そんな日が来ることもどこか当たり前なんだと信じていた感じかもしれません。

メンバーもファンも「戻ってきてほしい」という気持ちがある一方で、ファンの一人としては、それを言葉にすることに、どこか難しさを感じていた部分もあったような気がします。どういうスタンスが一番いいのか考えていたような気がします。

戻ってきてほしいけれど、無理に戻ってきてほしいわけではない…そんな相反する思いがせめぎあっていたと言えばいいでしょうか。

戻ってきてほしいけれど、それが一方的な思いになってしまってはいけない、あまりマイナスのことは考えたくないけれど、とにかく聡くんが幸せでいてくれたらそれでいい…そんな複雑な思いを抱えていたような気がします。

1年9か月の月日を経て

メンバーの4人も聡くんの性格を知っているからこそ、適度な距離感を保って、プレッシャーにならないように配慮しつつ、ファンに安心感を与えることを両立させながら活動してきました。

この間、聡くんは一視聴者として、一ファンとして、メンバーとして4人のことを見つめていたのだそう。色んな視点でメンバーやグループに思いを馳せながら、ずっとずっと「Sexy Zoneとして再びお仕事をしたい!」という熱い思いを灯し続けていたんですよね。ファンの方々の存在を一番の治療薬と語り、療養に励んできました。

そして、2020年8月12日に1年9か月ぶりとなる活動再開を発表。約650日ぶりに5人で披露された『RUN』のステージは、本当に言葉にならないくらい、グワーッと込み上げてくるものがありました。

復帰後初となった“しょりそう”の「Qrzone」を聞いたときには、何かこう「久々の感覚」と言えばいいでしょうか…「2人のこの感じすっっっごく懐かしいな~」なんて感じたと同時に、活動休止前と変わらない日常や空気感に、嬉しさが込み上げてきたのはきっと筆者だけではないはず。

感情を隠し切れない勝利くんが一緒だったからこそ、聡くんがそばにいることが「すごく嬉しいんだろうな」という思いが伝わってきて、こちらも幸せになるような感覚でした。

復帰してからは「勝利くんの土鍋で炊くご飯がおいしい」と聡くんが発信することも多いですが、そうしたエピソードを拾い集めていくと、メンバーそれぞれが、それぞれの形で聡くんに寄り添っているんだなぁということが分かります。

次ページからの記事後半では、強火松島担として知られるLil かんさい當間琉巧くんとのエピソード、オールナイトニッポンで「よく天然を炸裂させている」なんて紹介された理由が分かる迷言・行動集、天然だけでは語れない聡くんの魅力などをたっぷりとご紹介していきます!

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